「っあー疲れた!」
木刀を置いて道場に寝転がる。安定くんとの手合わせが今やっと終わった。 やはり刀の神様には勝てやしない。かないっこない。手合わせの間に、何度木刀を叩き落とされたことか。木刀本体は別にいいとして(いや決してよくはないけども)、木刀を握っていた右手を叩かれるのはとても痛かった。まぁ、木刀だからまだマシだと捉えるほうがいいのだが。 ううう、こちらとしては有難いのは有難いんだけど安定くんスパルタすぎ。身体中が痛いよ。明日筋肉痛とかになってそうだ。
「思ってたより良かったんじゃない?」
ふぅ、と息を吐く安定くんに、安定くんは強いな〜と笑いかけると目を逸らされた。あ、照れてる可愛い。 可愛いのに強いよね。首落ちて死ねだし、殺してやるよ子猫ちゃんだしね。いくら沖田さんが黒猫斬れなかったからって罪なき子猫ちゃんは本当に殺しちゃダメだよ。
「真剣でやってたら手が斬り落とされてた……」
「手がなくちゃ刀は振れないからね」
「厳し〜〜!でも安定くん相手にここまで反応できたのは褒めてほしい所だね〜」
笑いながらそう言い放てば、隣に来て話をしていた安定くんは目をパチパチさせていた。 そして一瞬何かを考えた表情を見せると、いきなり手を伸ばし私の頭の上に置いた。……え?私撫でられてる?
「よしよし、よく出来ました」
ほ、褒めてほしいとは言ったけど……撫でられるのは、恥ずかしい。こいうのは慣れてないのだ。親にだってされたことないことだから、どう反応すればいいのかが分からない。 言いたい言葉が見つからずに迷っていると、仲いいねぇお2人さん、と言いながら道場に誰かが入ってきた。それと同時に安定くんがバッと手を退ける。おいおいそんなに仲良く見られるのが嫌なのかお姉さん傷つくよ。
「大将、手合わせはどうだったか?」
入ってきたのは薬研くん。彼はいつも通りのイケメンな笑みを見せながらタオルと飲み物を持ってこちらにやって来た。 ボロボロ〜多分20回ぐらい殺されたー、と笑えばお疲れさんと飲み物を渡してくれる。いやぁ、本当にイケメンです兄貴。面目ない。
「主が手合わせすること、薬研は知ってたんだ」
「うん、薬研くんのアドバイスだからね」
弓と刀を買ったからって安心しちゃいけねぇぜ。戦場に出ると予想外な事が起こるのは付き物だからな。出陣するのならそれなりに対処出来るようになった方がいいかもしれねぇな。と言ってくれたのは薬研くんだ。 確かに、彼らに迷惑をかけるのもよくないし、家族を欠けさせないために付いていくと言った私が守られるのは可笑しい。ましてや私のせいで彼らが犠牲になるなんて考えたくもない。刀だから傷つくのは当たり前、なんてもっての外だ。
「ああ、そうだ。たいしょー、アレ出来たぜ」
薬研くんの言葉に「ホント!?」と反応すれば、突然大きな声を出したせいかびくっと肩を揺らし「……え、なに?」とこちらを見た安定くん。 よいしょと立ち上がった私は、頭にはてなマークを浮かべた彼に「今から行くけど……来る?」と笑いかける。安定くんは黙って立ち上がった。 歩いてきた場所は道場からそんなに遠くない。と言うより、道場の裏だった。奥の方に見えるのは白黒の的。普通に取り付けられているものもあれば、木に吊るされている的もあった。
「うわ〜流石兄貴!天才!」
「出来たって……これ?」
道場裏のスペースは結構広かったため、弓の練習をする場所を作ろうと思ったのだ。本丸のみんなが私の練習に巻き込まれ怪我しない場所を、と思って探していたらここにたどり着いた。
「弓は危ないからね……射ている最中に入って来て怪我でもされたら困るし。それを考えたらここが1番いいかなって」
「刀だけじゃなくて弓も練習するんだ」
当然だよ、敵は止まって待っててくれないんだからね、と呟く様に口に出せば安定くんから本日何度目かの溜息が聞こえてきた。いきなり溜息つかれた辛い。
「じゃあ朝早くから姿が見えなかったのって……場所を探してたから?」
「?そうだよ。そしたらちょうど薬研くんに出会ったの……で、的とか設置してもらったって訳」
聞いてきたのは安定くんなのに、ふーんと素っ気なく返事を返された。でもなぜそんなことを聞いたのか。やっぱり、怒ってると思われてたのかな。
「……で。それはいいけどいつ仲直りするの」
「え?」
昨日喧嘩っぽくなったせいで朝からうるさいし暗いし……ほんと迷惑だったんだから、と私を見る。誰のことを言っているのか、名前が出ずとも簡単に分かった。 今朝、薬研くんと出会って「すまねぇ、大将の前世のこと……加州の旦那から聞いちまった」と言われた時には本当にびっくりした。別に知られたくない内容ではなかったからいい。ここにいるみんなは家族だし、前世のことを知られたって所詮過去に過ぎないから何の問題もない。ただ話すきっかけがなくて、いざ知られる時それがたまたま彼の口からだったと言う訳だ。
「別に喧嘩ってほど喧嘩じゃないけど……」
彼は悪くない。私を心配して言ってくれた、悪気はきっとなかったんだ。 だけど正直傷ついた部分もあった。ああ、また彼は私を前世の私だと思って見てるのか、って。私が生まれ変わりなんかじゃなければ……彼は出陣を頑なに拒んだりしなかったのかなって。ついカッとなって言ってしまった。確かに今も昔も私は私。加州くんの言ってることに間違いはない。 でもそれを思う同時に、もし転生なんかしてなかったら今程に深い関係は築けていなかったのかも知れないとも思った。そう思うと、心なしかズキンと胸が痛む。加州くんに嫌われたかな、と思うと追い打ちをかけるように更に胸のあたりが痛んだ。 私はどうすればいいの、と。ただちょっと、自分が“和音”の生まれ変わりであることを悔やみ、憎んだ。
「加州くんは悪くない。けど、私だって譲れないものがあるんだよ。私だってここの主だから」
「今大将が思ってることをそのまま加州の旦那にも伝えればいいんじゃないか?加州の旦那もきっと解ってくれるさ」
「……どうだろうね。……はぁ、私に心配性って言ってくるくせに、加州くんも大概だと思わない?」
ふふ、と小さく笑って2人を見れば、彼らは黙ってしまった。 彼は愛されなくなるのを恐れてると言うよりは愛してくれる人を失うのを恐れている。それは沖田さんであったり、“和音”であったり……。
「……嫌われたかな」
ぼそりと呟く。そんな私の声は彼らには届いていなかった。
「取り敢えず現世に帰らなくても撃てるようになった。早速練習───」
「おいおい大将。練習する気満々なところ悪いんだがもう昼過ぎてるぜ」
僕もうお腹すいたー、と隣でだるそうに言う安定くんの声を聞きながら、腕時計に目をやると、2時を過ぎていた。完全にお昼のことを忘れていた。きっとみんなお腹空かせて待ってるかな、早く戻って作らなければ。 急いで戻ろっか、とその場に背を向け、薬研くんと安定くんと広間へ戻る。帰っているその時も、頭の中にあるのは───彼のことだけだった。 私が、この小さな異変に気付くのはまだまだ先の話だろう。 |