▼出陣編 40〜45▼ 

 43、距離感

「あのさぁ、清光……」

「…………れた……」

「は?」

「嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた……」


隣で何かの呪いの様にブツブツと呟く清光は、本当に、とても、かなりうるさい。昨日の夜はきちんと寝付けなかったのか、いつも綺麗にしている清光の顔とは思えないほど目の下が黒くなっていた。


「どうでもいいけど、ゆで卵に振りかけてるそれ砂糖だよ」

「絶対捨てられる絶対捨てられる絶対捨てられる……」

「(……ぜんっぜん聞いてないし)」


朝ご飯を食べるべく広間に向かえば、既に主はいなかった。いつもはみんな一緒に食べているのに、今日は机の上に並べられた人数分の茶碗、汁碗、箸と共に、お皿に乗せられたゆで卵と魚と漬け物にラップがかかっていた。
冷めちゃうからご飯は自分でついでね。お味噌汁は温め直して食べて、という内容の置き手紙を残して。
流しには既に一人分、食べ終わった食器が置いてある。主は先に食べてしまったと理解するまでに時間はそうかからなかった。どうやら清光も即理解したようでと同時に呪いの言葉を呟き始めたというわけだ。


「俺、主に避けられてる絶対避けられてる、だから今この場所にいないんだ……絶対嫌われた俺ダメかも知んない主に嫌われたら俺もう生きてけない」

「うん別にそれでもいいけど味噌汁にも砂糖入れてるのはわざと?って、あー!そっち魚!あーあ……せっかく主が作ったのに……」

「昨日酷いこと言っちゃった……主が気にしてることって分かってるのに何やってんの俺ホント馬鹿……しかもくんなしで加州って呼ばれたのも初めてだし、あれ絶対怒って───っあっま!!!??何これ味噌汁甘っ!!!」

「うるさい!悪いと思ってるんならさっさと謝ってこいオラァ!」

「悪いと思ってる……部分も多少あるけど俺やっぱり主を戦場に連れてくなんて反対!やだ!」


僕だって嫌だよ。そう言いたいのは山々だが、主が自分自身で覚悟を決めて、一緒に行くと言った。命令だと言った。なら僕たちは……それに従わなければいけない。
確かに、清光は1番主が死にそうになるのを目撃してる。和音さんの最期は清光も僕も沖田くんも……和音さんの知り合い誰1人として見ることは出来なかった。だけど生まれ変わって再会した主のことを1番良く見ていて知っているのは清光だ。今剣を庇った時と、愛さんにやられそうになった時は僕もそれを見たが、霊に連れていかれそうになったと言うのは話でしか聞いていない。
昨日の夜、主と清光との喧嘩で初めてそれを耳にした刀剣もいたようだ。清光はみんなから問いただされていて、眉間に皺を寄せ嫌々ながらも一つひとつ質問を返していた。もちろん生まれ変わりのことも全て。話について行けてた、つまり内容を知っていた僕と、何となく把握していた三日月さんは清光のフォローに回りながら昨日の話を聞いていた。


「……和音さんは、昔から一度決めたことはやり通そうとする人だっただろ。悪く言えば頑固だけど」

「……そうね」

「和音さんは強い人だけど、時には弱い部分も見せてた。その時はいつも沖田くんや僕たちが傍にいたじゃん」


清光は昔を思い出しているのか、クスリと小さく笑って、再びそうねと呟いた。


「主だって本当は出陣するの怖い筈だよ。だから……昔みたいに主を支えてあげなきゃ」

「……支える、かぁ…」

「うん、要は僕たちが主を死ぬ気で守ればいいってことでしょ。」


そう笑えば、清光からも笑みが返ってきた。
答えが見えた。あまり主を出陣させるのはいい気がしないけれど、彼女が行くというのなら僕はそれに応える。僕たちを家族だと言ってくれる、愛してくれる彼女を守るために僕は傍で刀を振るうとしよう。
でないと、沖田くんにも怒られそうだからね。


「そうと決まれば主と仲直りしてこい」

「…………や、無理……」


ハァ?という声が漏れた。何だよその弱々しい声、と心の中で感じつつも我慢して何で?と問う。返ってきた答えは相変わらず下らなかった。絶対嫌われてるし……と呟いた清光に、対応するのも面倒臭くなり「あーはいはいもう勝手にして」と返しておく。何でそこで嫌われると思うのかが分からない。別にすぐに許してくれると思うけど。
食べた朝ご飯の食器を下げながら、そう言えば当の本人である主はどこに行ったんだろうと考える。清光は未だに朝ご飯をもそもそと(砂糖入りの極甘食べ物含め)食べていたので先にその場を後にした。
しかし長い長い廊下を歩いていれば外を歩いている主を見つけた。主もこちらに気が付いたのか小さく手を振りながら向かってくる。
もっと避けたりするのかと思ってたが、思ったより普通だった。全然怒っている様子はない。


「どうしたの主?」

「安定くん、ちょっと頼みがあるんだけど……」



 * * *



「手合わせ?」

「うん、ちょっとだけ」


主に連れてこられたのはいつも手合わせで使っている道場だった。
主曰く出陣は弓を使って僕たちを援護する形で戦うが、もしもの時に備えて1人でも対処できるようにしたいらしい。だから弓以外に、刀も買ったのだと言った。


「……小さい頃に兄と剣道やらされてたから竹刀は握ったことあるんだけど、勝手が違うだろうからさ」

「でも、何で僕と?」

「……何か思い出せる気がするから、」


主は木刀を取りながらそう呟くが、その意味が良く分からなかった。一体何のことだろうと考えていれば「安定くんって天然理心流だよね」と主が聞いてくる。じっと見つめてくる主に、僕はそうだけどと頷いた。
沖田くんに使われたことで、自分が刀を振るうことになった今も自然とこの流派が身体に染み付いている。それは清光も一緒だ。まぁ、僕の場合は北辰一刀流も使えるんだけど。


「何で清光に頼まなかったの」

「……気まずい。」

「……そっか」

「それに加州くんは断るでしょ。ほら、既に出陣だって反対されてるし。もしいいよって言ってくれても、彼はきっと……手加減するよ」

「確かに……でも僕も手加減するかも知れないよ」

「大丈夫。安定くんは頼んだら本気でやってくれる人だから。……ちょっと構えてみてくれない?」

「え?何で…」


手を合わせてお願いという主に仕方ないなと一度構えて見せる。これでいい?と聞けば主は何も言わずにじっと僕を見ているだけ。そして、しばらくその場で固まっていた主は、2度目の僕の声でハッとして「ごめん、もう大丈夫」と呟いた。


「うん、やっぱり思った通り。」

「だから何が?」


ハッキリしない物言いに強く聞き返せば主は少し躊躇いながらも、沖田さんのこと思い出した、と苦笑した。それでもまだ抽象的すぎて分かりにくい。沖田くんの何を思い出したのかを聞けば、彼女は苦笑しながらも答えてくれた。


「私、沖田さんの稽古よく見に行ってたんだね……彼、剣術になると自分にも他人にも厳しかったでしょ」

「そう、だね」

「思い出したのは……それだけだよ。でも思った通り得るものはあった。安定くんに頼んでよかったよ。……さてと。手合わせ、付き合ってくれる?」


僕に否定権なんて最初からない、と思わせるような真剣な声だった。否、実際ないのだろう。木刀を握り直して僕を見た主からは断るなと伝わってくる。


「……やるからには手加減はしないよ」

「当然、でないと出陣した時に困る」

「僕は何度か主を殺そうとしたんだよ。それでも僕に頼むの?」

「うん。沖田さんのように厳しくお願いします」


心底、彼女は狡いと思う。木刀を持って構える主を見ながら、今までにないくらい大きな溜息をついた。
そこで沖田くんの名前出されると困るよ……と呟いて、僕は木刀を握りしめて構えたのだった。


「行くよ」


手合わせしている途中で彼女が根を上げて、手合わせを、あわよくば出陣をやめると言い出してくれたらとても有り難いのだが。


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