翌日。お昼を食べた後、加州くんたちを江戸───通称2−2と呼ばれる場所に出陣させた。他の審神者は、現時点の戦において最も強敵がいるとされる、厚樫山という場所へ何度も挑戦しているらしい。なぜそこばかり重点的に行くのか分からないが、どうやら何か理由があるのだろう。相当強い敵がいるのだろうか。 何にせよ、私が未だに全然進めていないのはやはり彼らが折れてしまうのが怖いからだ。 別に信用していないわけではない。刀装も特上を持たせているし、万全の状態で行かせている。大怪我で帰ってくることも少ない。けれどもしも自分の知らないところで、なんてことがあったらと考えてしまうと、先の戦場へ進ませることが怖くなり躊躇してしまうのだ。成果が得られていないだとか、変な噂が流れるのも仕方のないことかもしれなかった。 昨日出会った老人に「噂はすぐに変わる」と、私はそう宣言した。断言したのにはもちろん理由がある。私の中で考えていることが一つだけあったからだ。 縁側に座り考え事を続けていれば、トンと背中が重くなった。
「あるじさまーっ!あそびましょう!」
明るくて元気な声に目を向けると、今日のお留守番。可愛らしい小天狗が後ろからぎゅっと抱きついていた。
「あ、ごめんね今剣くん。今から出かけようと思ってたから……遊ぶのは難しいかも」
「……そうですか、」
「今剣くんも一緒にお出かけする?」
しょんぼりしていた顔は、私の言葉で見る見るうちに明るくなっていく。いいんですか!?と聞いてくる彼に「もちろん」と返してやると、嬉しそうに笑った。
「じゃあ あるじさまのこと、ぼくがぜーーったいに、まもりますね!」
何と可愛らしい護衛役が現れた。
「三日月は、どうするんですか?」
「今から聞いてみるよ。今剣くんは仕度しておいてね」
はーい!と元気な返事を聞いて、もう一人のお留守番がいるだろう書物庫へ向かう。姿が見えないとしたら、いつも通りあの場所で本を読んでいるのだろう。 あの場所は色々な時代の書物が置いてあった。勿論、私の時代の物も。漫画や、雑誌の類もある。だから、文字が読めるかどうかはさておき、きっと本の虫状態だ。 書物庫に入っておじいちゃんを呼ぶ。返事はない。無駄に広い書物庫だ。私の声が小さくて聞こえなかったか、あるいは彼が集中しすぎて聞いていないのか、はたまた歳でお耳が遠い(失礼を承知で)のかは知らないが、多分いると判断した私は面倒だが探すことにした。───と思ったが。突然手を引っ張られ、うわっと声を上げる。びっくりして瞑ってしまった目をゆっくりと開けば、目の前には物凄く笑顔なおじいちゃんがいた。
「……え。」
気が付いてみれば後ろには本棚。前には美形付喪神。両端には美形付喪神様の腕。 さて、君は何をしているのかな?
「どきどき、とやらはしないか?」
「……はい?」
突然何を言い出すかと思えばどきどきしないか?え?土器土器?怒気怒気?怒ってはないよ、どちらかと言うと状況読み込めてなくてびっくりしてますが。
「……はて、こうすれば女子はドキドキすると本に書いてあったんだが、」
何読んだのおじいちゃん。まぁ状況が状況で何となく察しますけどね。そんな物まで置いてあるのかこの書物庫は。
「ドキドキねぇ……うーん残念ですが、あまりドキドキはしないかな」
「……もしや主……本当は男か?」
「殴るよ。」
「はは、すまんすまん。」
「男の形なんてしてないでしょう。もっとこうさ……シチュエーションとか考えようよ。いきなり過ぎてカツアゲされてる気分になるわ」
「しちゅう?えんしょん?かつあげ?」
「シチュエーション。状況とか雰囲気とか……って今そんなのどうでもいい。おどき。」
そう言えば案外簡単に「そうか……」と呟いて後ろに引いた。危うく忘れそうだった要件を伝えれば、俺も付いていくと言い出した。まぁいいけど、今剣くん待たせちゃってるから早く行くよと書物庫を出る。 出陣から帰ってくるまでには買い物は済ませて帰ってこようと決め、今剣くんとおじいちゃんと本丸を出た。 そう言えばウチにいる三条組だな〜なんて思いながら今剣くんと手を繋いで街を歩く。いつも通り、何でも手に入ってしまう有難いお店、万屋で生活用品やら食料やらを買う。そしてその後、ある専門店へと向かった。どちらかと言うとこっちが本来の目的だ。買うものは決まっていたが種類が多かったため、思ったより選ぶのに時間がかかってしまった。
「あるじさま、どうしてそんなものを かったのですか?」
買い物を済ませた帰り道、重い荷物を両手に提げ本丸へ向かっていた。理解出来ていない表情の今剣くんと、何か感づいているおじいちゃんの姿。
「……まさかとは思うが、主よ」
「うん。おじいちゃんが思ってることであってるよ。……みんなには帰って来てから言う。それまで秘密ね」
「あい分かった。だが政府とやらに許可は要らないのか?」
「要るんだろうけどまだ言ってないかな」
もちろん、あれこれ言われる覚悟は出来てるよ。 そう返せば、主は言われるだけじゃ済まない気がするがなと笑われた。まぁ確かに言われ続けてはい終わりにはならないだろう。私の性質上、言われたら言い返すのはもはやこの本丸の誰もが把握済みだろうし。
「あるじさまは、つよいですね!かっこいいです!」
「ふふ、ありがと。主ちょっと頑張るからね〜」
背負ったそれが、かしゃ、と小さく音を立てた。 これは私が私の意思で決めたことだから、誰に言われようと曲げられはしない。否、曲げたくはない。 ───それから本丸に着いて暫くした頃、出陣組が帰ってきた。
「た、だいま……」
「!?……や、やすさ……!?」
帰ってきた安定くんの姿は送り出した時とは全然違っていた。傷だらけで、浅葱色の羽織が所々赤く染まっている。安定くん以外にも小夜ちゃんと薬研くんが中傷、ずおくんと蛍が軽傷だ。 その姿を見て思わず縁側を飛び降り、彼らの元へ向かう。
「だっ、だ、だいっ……!」
「落ち着いて主。大丈夫だから」
「でも傷!あ、急いで手入れの準備を……あ、れ」
───どうして、5振りなの? 一瞬思考が止まった私に「どうかしたの?」と首を傾げる蛍。
「か、しゅう……くんは?」
自分でも分かるほど、発した声が震えていた。 何でいないの?変な想像が頭を過ぎる。
「加州の旦那?さっきまでいたが……いないな。」
「……いちばん重傷、なのに……」
「清光のことだし、どうせこんなボロボロの姿見られたら愛されないとか言ってその辺にでも隠れてるんじゃ……って主?」
その場にヘナヘナとへたり込む。みんながどうかしたのかと不思議そうな顔で私を見ていた。 姿が見えないから最悪の事態を想定した……本当に良かった。折れたんじゃなくて。
「……腰抜けた。」
一斉に、は?と言う顔を向けられる。
「加州くんの姿が見えなくて、もしかして折れたんじゃないかって……心臓止まるかと思った……。安心したら腰抜けた」
「ああ……なるほどな。安心しな大将。加州の旦那もそんなにヤワじゃねぇよ。」
「そうそう。そんなにあっさり折れたら同じ沖田君の刀として恥ずかしいね」
「相変わらず安定くんは辛口だね。……先にちゃちゃっと手入れしようか。加州くんは後で探して見つけ次第、お手入とお説教。」
それにしても、みんな無事に帰ってきてくれてよかった。一人ひとりの顔を見て、そう言い放つ。 またこんな事になるのは、非常に避けたい。だからこそ、私の考えていたことは更にそうするべきだと強く感じさせられた。今日、みんなの前で絶対に言おう。 彼らを失わないためにも。
「みんな、お帰りなさい。」 |