こんなわいわいとした賑やかな場所で1人になるとどうも落ち着かなくなる。 それは周りが楽しそうにしているから1人でいることに寂しさを感じるのか、静かな場所が好きだからなのか、はたまた他の理由なのかは分からない。自分でも分からないが落ち着かなくなる。 りんご飴といちご飴を食べた時に出たゴミを捨てて、みんなを待っていると屋台の影でしゃがみこんで泣いている子を見つけた。
「……どうかしたの?」
そう問えば、小さな男の子は顔を上げて私を見た。膝には痛々しい転んだ跡がある。 男の子はある方向へ指をさした。何かと思って見てみれば、ただの家と家の間に細い道があるだけだ。
「……この道通った時、転んで…笛を溝に落としちゃった…っ、ひっく、せっかくっ…お祭りに来て、今日買ってもらったのに……ぐす、僕じゃ取れないよぉ…」
「笛?……いいよ、お姉さんが取ってあげる。どこに落としたか教えて?」
笛…お祭りで買ったということは、水笛か吹き戻し笛だろうか。小さな男の子は泣き止むと、お礼を言って立ち上がった。そして道案内をしてくれる。 すぐそこで転んだのかと思ったが、思ったよりずっと先のようだ。薄暗くて足場の悪い砂利道を通る。そりゃあこんな場所通ってたら転ぶだろうね。
「どこで転んだの?」
「……まだ、」
……………。 ………。
……何かが、可笑しい。
男の子は軽やかな足取りで前に進んでいく。この子は転んだと言った筈だ。膝に怪我もしていた。薄暗くて足場も悪いのに平気そうに先を行く。この子の歩き方だと、転ぶのは凹凸とか、何かがない限り有り得ないんじゃないだろうか。 よくよく考えれば可笑しな点はもっとある。なぜわざわざ目立たない屋台の影でしゃがみこんで泣いていたのか。それも誰かに話しかけられるまで。子供だから仕方ないかもしれないが、1人で泣いている……1人?
「落とした笛は、今日お祭りに来て買ってもらった物なんだよね?」
「……うん、そうだよ……」
───誰に? 買ってあげた人が親だったと仮定する。何で男の子の傍に親がいなかったのか。何で男の子は親を探していなかったのか。何で男の子は親に取ってとお願いしなかったのか。 何で───私が話しかけるまでずっと泣いていたのか。 随分奥まで来たのに止まる気配がない。冷や汗が出て、恐怖が襲った。 そろそろ焼きそば買い終わった頃かな。おじいちゃんも戻ってきて既に私を探しているんじゃないだろうか。困った、早く戻らなければ。
「……ね、ねぇ!」
「───ここで転んだの、」
男の子が指をさした。え、と見れば小さな溝がある。本当にあるのか分からないけど、もし本当にあるのだったとしたら。パッと見てパッと取って急いで帰ろう。そう思い、しゃがんで溝を覗き込んだ。だが───やはり、そこには何もない。
「……ないよ?ねぇ、私もうみんなが待ってるから行かなくちゃいけないんだけど……」
「……ナンで?」
「?!いた……っ」
手首を掴まれた。それも凄い力でギリギリと音が鳴るほどに。 男の子を見ると、本来眼のあった場所は黒く空洞で闇に包まれていた。目玉がない。どこを見ているのか分からないが、口元だけはニタリと笑っている。 そうだ。そうだった。何で今の今まで気が付かなかったのだろうか。前は自分で区別出来て、自分で対処出来ていた筈なのに。自分が馬鹿過ぎて笑えてくる。私は……視える人間なのに。 浮かれてた。油断しすぎた。こんなことにも気が付けなくなるなんて。 怖い。とても怖くて震えが止まらない。
「やット僕ガ視ェるヒト見ツけタノに……ハなサナぃ……ョ」
「いやっ!離して!」
近付いてくる男の子───霊を蹴り飛ばして来た道を走る。ここへ来ながら思ったが、何分、薄暗くて足場の悪い砂利道だ。うまく走れずに、バランスが崩れ転んでしまった。逃げなきゃ、そう思っても立ち上がれず、感じるのは足首の痛み。転んだ際に足を捻ったらしい。
「来ないで……!」
それでも逃げなければ全てが終わってしまう。そう思い必死に捻っていない方の足で砂利を蹴り後退した。でも呆気なく距離を詰められる。霊の有り得ないほど冷たい指が左の頬にまとわりついて気持ち悪い。
「やだっ……!誰か助けて……加州くん……っ」
彼に助けてなんて言ったところでこんな場所にまで来る筈がないのに、ついつい願ってしまう。でも、こんな所で死にたくない。
「イッしョに、ィこゥヨ……?」
「……っ、」
男の子の右手がスッと伸びてくる。 ああ、もうだめだ。そう直感した私は強く目を瞑った。
「───悪いけど、まだ主を逝かせる訳にはいかないんだよね」
しかし、後ろから声がした。いつもよりトーンの低い声だが聞き覚えのある、ホッとする声。振り返ってみれば霊を睨んでいる加州くんの姿があった。
「悪いことは言わないからその辺にして、消えてくんない?じゃないと……こっちも容赦しないから」
そう言って刀の刃をチラつかせると、霊はすーっと消えていった。一気に力が抜ける。 加州くんは私の傍まで来てしゃがみ込んだ。
「何やってんのさ主!あれだけ1人でいるのはやめてって言ったじゃん……何で聞かないんだよ!」
加州くんに初めて怒鳴られた気がする。そんな彼に対して今思うのは怖いより、悲しいより、来てくれて嬉しかったと言う思いだけだった。安心すると急に涙腺が緩み涙が溢れ出す。
「!?や、ごめん主……ちょっと言い過ぎた……」
違う、そうじゃない。これは怒られたからの涙じゃないんだよ。 私は加州くんに抱きつく。加州くんは「主!!?」と驚きつつもしっかり受け止めてくれた。
「ぅぅ、こわ、かった……っ」
「……よしよし、俺がいるからもう大丈夫」
ぽんぽんと背中を撫でてくれる加州くんの手はとても温かかった。加州くんから離れて、涙を拭う。
「……主、手首……」
加州くんにそう言われて自分の手首を見てみると、先程強く握られた場所が赤黒く、手形がはっきりと見えていた。このくらい大丈夫、と袖をピンと伸ばして手首を隠す。死ぬより遥かにマシだ。 いつまでもここにいたら安定くんやおじいちゃんが心配するだろうと、立ち上がる。幸い、捻った足の痛みは転んだ直後だけだったようだ。今は普通に立てる。大事に至らなくて良かった。 加州くんはもう絶対主から離れないと言いながら私の手を取る。……まぁ、そう言われるのも仕方ないか、と私は加州くんの手を握り返した。次こそ転ばないようにと気をつけて砂利道を進む。
「主ってほんと運が悪いよね。ったく、何回死を目の前にしてる訳?」
「……2、3回くらい……?」
カウントしてないけど既に一回死んでいる身だ。 加州くんは呆れた顔で物凄い深い溜息をついた。き、気にしない。気にしないよ、私は……。
「……ねぇ、思ったんだけど霊って斬れるの?」
「さぁ?斬れるんじゃない?……俺は人間じゃなくて付喪神だし」
「……あぁ、そっか……。じゃあ可能なのかな。後もう一つ思ったんだけど……何で私の場所分かったの?そう言えば安定くんは?」
「安定ならそろそろ焼きそば買い終わった頃だと思うけど」
最初、加州くんは安定くんに付き添っていたが、途中でおじいちゃんの姿が見えて私が1人で待ってると知り、付き添いを交代してもらって急いで来たらしい。 主の姿がどこにもないんだから焦ったじゃん、と呟く加州くんにごめんと謝る。
「…主の声、聞こえてきた。最初は男に絡まれてんのかなって思ったけどまさか霊とは…。まぁ、何であれ超走ったことには変わりないけどね。」
「……ごめん。(でも男は有り得ないでしょ……てか、え?ちょっと待って、あの砂利道をヒールで超走ってきたってこと?え??加州くんすご…神かよ…あ、神か)」
「それから…きちんと俺に届いたよ。」
「…へ?え、何が?」
「助けてって、俺を呼んだの。」
「……あ。」
まさかあの時言った言葉が本人に届いているとは思わなくて、ちょっと恥ずかしくなり下を向く。自分でも頬が熱くなったのが分かった。 恥ずかしかったけど…ちょっと、嬉しかった。 |