「ねぇ、主……」
「んー?」
「ちゅーして?」
「んー……うん!?!!?」
突然どうしたんだ。 香水さんが帰って2日経った今日。久しぶりに加州くんがお留守番当番で、いつも通り私の部屋に居座っていた。 資材も少し欲しかったため、今日は出陣ではなく遠征だ。遠征は基本、加州くんはお休みにして、蛍に部隊長をお願いして行ってもらっている。出陣も遠征も加州くん隊長は疲れるだろうからね。 演練についてはもうしばらくやらなくていい……そして次からは、するとしても泊める方向はナシで。と言うことで演練についての資料を整理していれば、加州くんがとんでもない発言をした。
「熱……はないよね。……突然どうしたの?と言うか毎回私の所に来るけど、今日のもう1人のお留守番……ああ、おじいちゃんといてもいいんだよ?」
「何かあの人最近は書物読むのにハマってて書物庫から出て来ないんだよ。それに主といる方が楽しい」
「ふ〜ん……そっか。書物庫とか私あまり行ったことないな……行ってみようかな〜」
「主、話逸らさないでね。」
うっ、バレてた。 でも書物庫ってどんな本があるんだろう。達筆過ぎて読めないものばかりなのかな。おじいちゃん平安時代生まれらしいし。その時代に思いつく歴史人物と言えば紫式部や清少納言だし。だから書物系好きなのかな、とか思う。 まぁいいや。今度おじいちゃんに話でも聞いてみよう。
「……で、何で?」
「してほしいからじゃダメなの?」
「うーーん……あー……」
「安定とはしてるのに?」
「うぐっ……あ、あれは人工呼吸でしょ!……別にダメな訳じゃないけど……あのね、キスは本当に好きな人としなきゃ」
「?俺主のこと好きだよ?」
「あ〜〜〜そう言う意味じゃなくってねぇ……」
どう説明すればいいんだろう。まだまだ未来ある18歳には分からない。恋愛なんて未知の世界なんですもの。 ……困った。本当に愛してる人と、って言ってもさっきと同じ感じの返しがきそうだし。
「……好きにも色々種類があるんだよ。家族としての好き、友達としての好き、恋愛としての好きとか……。加州くんにとっての私への好きがどれなのか知らないけど……えっと……」
『───1人の女として、僕は君が好きなんだよ』
「そう!1人の女性として、誰よりも1番愛している、そんな人とじゃなきゃダメだよ。ほら、沖田さんだってそう言ってたじゃない?」
……何で今、沖田さんの言葉なんか思い出したんだろう。よく分からないけど、さっきの浮かんだ言葉に違和感はなかった。だからつまり、本当に前世の私はそんなこと言われてたのか……ってこれ、ちょっと進歩してない?じわりじわりと過去の記憶が蘇ってきている。 そんな私の考えていることをよそに、加州くんはふーん……と呟いていた。大丈夫かな。ちゃんと伝わったかな?
「……じゃあ主にとっての俺は、どんな好き?」
真面目な顔で聞いてくる加州くんを見て、うーんと考える。今までそんなこと考えずに過ごしてきたから改めるとよく分からない。 加州くんは好きだよ?でもどの好きなのかは分からない。でもまぁ、恐らくは……
「家族して……かなぁ?」
「……そっか」
「ねぇ、加州くんは、沖田さんと和音さん……どっちが好きだった?」
その言葉に驚いた顔を見せる加州くん。自分でもなぜこんな変な質問をしたのかよく分からなかった。答えなんて決まってるのに何言ってんだろうね。
「あー……ごめん、今のなし。何言ってるんだろ私。やっぱ何でも……」
「和音。」
「……え?」
「あの人のことは自分の主として大好きだった。けど和音は俺たちが視えてて怖がることもなく沢山話しかけてくれて愛してくれた。だから……あー、安定はどうだか知んないけど俺は大好きだったよ」
そう言って笑う加州くん。今キュンとしてしまった。ちょっと恥ずかしくなって、それを紛らわすために加州くんの頭をわしゃわしゃと撫でる。 そっか、加州くんはそう思ってくれてるんだ。そう思ったとき、自然と新撰組のみんなといた光景が浮かんだ。その中には私の知っている刀剣の姿も。楽しそうに笑っている。前世の私は色々な人に愛されてたんだ。 ……今の私は、人の前であんなに楽しそうに笑ったこと、あったっけ。
「じゃあ、私と……───」
───私と“和音さん”どっちが好き?
……って私、今……何を言おうとしてた? 喉まで出てきそうになっていた言葉を急いで飲み込む。自然にそう思って、言おうとしていた自分が怖くなった。
「主?何?」
「……あ、いや。何でもない」
なぜこんなこと言おうとしたんだろう。こんなこと言ったら加州くんが困るじゃないか。 それに、よくよく考えれば答えはすぐ出てくるに決まっている。私より前世の方が長い間一緒にいて、彼女の方が明るくて笑顔で……彼女だけが、刀剣たちが視えて愛していた。そんな前世の私を選ばない方が可笑しい。だから加州くんも安定くんも、何百年も私のことを覚えてくれてたんじゃない。 今加州くんに聞いたって、きっと遠慮してしまう。この気持ちは私の中に留めておこう。
「ただいま〜!」
「あら?もう帰ってきた。」
遠征だからかな。思ったよりかなり早かった。 ただいまと言う声が聞こえた後、ほんの少ししてドタドタと慌ただしい足音が近付いてくる。そして私の部屋の前で止まると、障子がさっと開いた。
「あるじさまあるじさま!きいてください!」
「今剣くんおかえり〜。どうしたの?」
「おまつりみたいなのを やってたんですよ!」
今剣くんの抽象的すぎる言葉に首を傾げていると、小夜ちゃんがひょこっと顔を覗かせた。
「通りの方で祭りをやってたのを、帰ってくるときに見た……」
わざわざ私の所まで来たと言うことは行きたいってことなのかな。でもまぁ、寄り道せずにきちんと帰って許可をもらいに来たのはいいことだね。感心していると、加州くんが私の隣に座ったまま「へぇ〜お祭りやってんだ……」と呟いた。 お祭り行きたい?と聞けば今剣くんと小夜ちゃんは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて頷く。
「加州くんも行きたい?」
「まー楽しそうだしね」
「そっか!じゃあみんなで行っておいで!」
気を付けてね、と言えばみんなはポカンと口を開けた。え、何?何かまずいこと言った?首を傾げていれば、加州くんは「……主は?」と問いかけてくる。
「私?……お留守番?」
「なんでですかー!あるじさまと いっしょにいきたいんです〜!! だから いいにきたんですよ!」
「そうだったの?でも本丸に誰一人いない状況作るの危なくないかな……?」
「もし侵入者とか敵が本丸に入って来たとしても主1人いたところで何も変わらな───」
加州くんの頭にチョップ。それ以上言うと今度はグーにして頭に振り下ろすよ。
「痛っ!! 最後まで聞いて!! 俺が言いたいのはさ!俺たちの知らない内に主が危険な目にあってるって方が嫌なの!気が気じゃなくなんの!分かる!?」
「あ、はい」
「主を1人にさせると……怖い。前だって……1人で出かけてずっと帰って来なかったじゃん……」
加州くんの眼はとても悲しそうだった。また前世を思い出してるのか……。今の私は前世の私ではない。そんなこと加州くんにだって分かっている筈だけど、やっぱりトラウマなのかな。 でも今の言葉が誰に向けられた言葉であろうが、加州くんは私が1人になることを心配してくれている。そう思えば行くか行かないかの答えははっきりと出ていた。
「……分かった。じゃあ支度するから……お祭り、みんなで行こっか」 |