▼演練編 14〜27▼ 

 27、平和な日常へと戻る

朝ご飯が終わると、私はいつものようにお皿洗いに移る───のだが、今日は兄貴とずおくんが、私の腕の怪我のことを気遣って、皿洗いはするから休んでろと言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。優しくて気が利くいい子たちばかりだ。でも特にすることがないんだよな〜と廊下をうろうろしていると銀髪の少年がちらりと目に入った。
あれは……骨喰くん、だっけか。そう言えば骨喰くんと話したことなかったな……なんて思いながら骨喰くんを見る。何だかんだで堀川くんとは話す機会が多かったけど、骨喰くんの姿はあまり見かけなかった。そう言えばずおくんと兄弟か……脇差で年も近いんだっけ。じゃあ2人でいたのかな。


「骨喰くん」


一人でうろうろしてるのが気になってしまった為、つい声をかける。


「……何か用か」

「特にはないんだけど、何してるのかなーって」

「……ほっといてくれ」


あらら、こんな性格の子は初めてかもしれない。今まで人懐こい子ばかりだったし……何よりずおくんと兄弟だから尚更意外だったかも。
そう思ってじっと彼を見ていると頬に傷があるのが目に入った。もしかして、昨日の演練の時の傷?それとも別の何かで?髪で隠れて今まで全然気がつかなかった。……頬に傷ついてるよ、と言いながら私は手を伸ばす。が。


「……っ、触るな」

「いっ〜〜!!!」


骨喰くんに手を払われると同時に痛みが走る。そうだった怪我してるのまた忘れてた。骨喰くんは慌てながら「!? す、すまない!つい……」と謝ってくれるあたり、悪気はなかったらしい。まぁそうか、どっちの腕が怪我してるとか見えないから分からないよね。私が右手を伸ばしたのが悪かった。


「はは、大丈夫大丈夫。こっちこそ勝手にごめんね……」

「……そんなに痛むのか?」

「うーん……まぁ、それなりに……」


骨喰くんはよく分からないと言った顔をする。そんな彼に、どうかした?と聞けば、目を逸らされた。……聞いちゃいけなかったかな?


「……刀には人の痛みが分からない」

「刀は痛みを感じないってこと?……ではないか。みんな痛覚はきちんとあるものね」

「人の身体を持った以上、痛みを感じないわけではないが……人間ほどではない」

「ふーん、そうなんだ……じゃあ、はい」


私は、自分のハンカチを取り出して骨喰くんの頬の傷口に当てた。骨喰くんはかなり驚くいたが、今度は手を払わないでくれた。代わりに「何をしている……」と言う声が降ってくる。


「人と刀の痛覚の差は置いといて、バイ菌が入ったら困るからね〜。……これでよし!もう大丈夫」

「………すまない」


小さく言った骨喰くんに「謝られるよりお礼を言われたいな、私は」と笑って彼を見ると、彼はほんの少しだけ頬をピンクに染めて「……ありがとう」と呟いた。
その言葉に嬉しくなって笑顔でいいえと返す。


「あっ、いたいた!骨喰〜!」

「……どうした兄弟」

「なんだ〜、主も一緒だったんですね!何かもうお帰りになるみたいですよ。」


え、もうそんな時間?そう思いながら一緒に表に出ると香水さんたちが外へ出て待っていた。


「また人の刀に手出しして……誘惑してたんじゃないでしょうねぇ?」

「そんなことしない。」

「本当にそうかしらぁ。私から安定を奪ったくせに。……と言っても、もう要らないけど〜」

「……そんな性格だから逃げられるんでしょ?」


……何ですって?と睨んでくる香水さんに負けじと見つめ返す私。
加州くんや安定くんも中から出て来た。見送りかな?と思ったら、加州くんは後ろから私に抱きついて来て……って一体何がしたいのよ?
私の思っていることが顔に出ていたのか、加州くんは私の耳元で、主に手出しできないように見張りだと呟いた。と言うより威嚇っぽい、って思ってしまったのは秘密にしとこう。


「……まぁアナタの好きにすればいい。この先、刀たちに裏切られようと、見捨てられようと……それは全てアナタが招いた結果だから」

「ふん、そんなこと絶対にある筈がないわ。……本当、気分が悪い演練だった。早く帰りましょ」


そう言って私たちに背を向けて歩き出した。振り返って手を振ってくる堀川くんに天使だ……と思いながら手を振り返す。何あの子マジ可愛い。ごめんね安定くんとお別れさせて……快く安定くんがこっちにいるの認めてくれたけど堀川くんだって悲しいよね。ごめんね、なんて思ってしまう。
香水さんは香水さんで、本当に最初から最後まで好きにはなれなかった。私はどっかの小説の主人公みたいに、明らかに性格の悪そうな女の子まで友達になりたいとは思えない。ましてや、あの子にだっていいところはある筈だ!なんてことも思えない。
みんな仲良くで丸く納められるのはいいことかも知れないけど、やはり人間には好き嫌いが存在する。無理して好きにならなくても、嫌いなら嫌いでいいじゃないか。まぁ、私はあの子のことは嫌いってより苦手って方に近い感じなんだけど……。


「主かっこよかったよ……!」

「……はい?」

「全てアナタが招いた結果だから」

「復唱しないでよ安定くん!恥ずかしい!」


確かにかっこよかったけどね、と可愛く笑う安定くんに何も言い返せなくなる。ぐぬぬ。
私は香水さんたちの姿が見えなくなるのを確認すると、加州くんに離れてもらい、戻ろうか……と転回した。


「そう言えば今更なんだけど何で主が安定の襟巻きしてんの」

「……ああ、何か首に跡ついてるんだって。多分首締められた時のだと思うけど。それで安定くんが貸してくれた」

「そんなの俺に言ってよ!俺の貸すのにー!」

「んー。だって加州くんその時いなかったし」


ぶーぶー言いながら私の左手を取りぶんぶん振り回す加州くんに苦笑する。物凄い形相で安定くんを睨んでいたが、本人は完全に無視だ。
加州くんは何だかんだ言って、安定くんが普通にここに残ってることには何もつっこまない。分かっているのかそれとも忘れているだけなのかは定かではないが、その光景にちょっとだけ、懐かしさを感じた。


「て言うかあの女に首絞められたの!?」

「今更!!?」

「まー清光来るの遅かったしね。」

「そーそ。俺が来たとき主は息してなかったし」

「息してなかったの!!?」

「うん。」


予想外、いや予想なんてしてなかったけどそんなことが……いや、てか何で私生きてるの!?
確かあの時はまた人に殺されるのか〜って思いながら意識が朦朧として……そっから記憶がない!!!! じゃあ私はもう少しで死ぬところだったのか……うわ、良かった死ななくて。
朝起きてから台所へ行くと僕たちの主、死んでました!なんて嫌だよ。刀たち、特に今剣くんとか小夜ちゃんとか蛍の辺り絶対悲しむ……はず。
私は歩く2人の手を取って「2人とも、」と呟けば、振り返って私を見てくる。


「……ありがとう。助けてくれて」 


また独りで死ぬんじゃなくて、本当に良かった。礼を言えば彼らから笑顔で「どういたしまして」と返ってくる。


「まぁ……今回だけはお前が人口呼吸しなかったら絶対主は助からなかったし……その、ありがと」

「全然感謝の気持ちが伝わってこないんだけど」

「……はっ?人口呼吸?」

「……思い返したくないけど人口呼吸して主助けたのは安定……って言ってなかったっけ?」


ち ょ っ と 待 て 何 そ れ 初 耳

ん?じゃああれか?人口呼吸したってことは……。ハッと2人の取っていた手を放し、両手で口を抑える。主?とはてなマークを浮かべながら2人は私を見た。それはつまり……。


「……ファーストキス……」

「「!!!」」

「……やーすーさーだー!!! よくも俺の主を汚したな!!!!」

「何?清光嫉妬?……残念だったね僕が先で」

「なっ……殺す!!!!」


……私よりも反応がデカいんですけどこの2人。
さっき以上に物凄く怖い形相で安定くんを追いかけ回す加州くん。


「……ま、いいか。死んでたらキスどころじゃなかったし。そうだよ人口呼吸だよ。かーえろ」


そう呟き、自己完結した私は、真剣を持ってリアル鬼ごっこしている2人を置いて本丸へ戻った。
うん今日も平和だ。

それから数ヶ月後に届いた政府からの手紙で、衝撃的な事実が知らされることになるとは、誰も予想なんてしていなかっただろう。


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