「……。」
目を開けると、あたりは真っ暗で静寂に包まれていた。しょぼしょぼした目が慣れた頃には夜だと気付き、香水さんたちももう寝てくれてるかな、と安堵する。
「起きたんだ。」
「!? ……安定くん」
こんな時間に自室に誰かがいるなんて思ってもいなくて、急に声をかけられて驚いた。安定くんが座って私を見ていたことに全然気がつかず。バッと起き上がり、彼と向かい合う。 安定くんが私の部屋に1人でいるということは……。
「愛さんに、和音さんを殺せって命令された。」
「……え、」
「冗談だよ」
「……本当に?」
「全然信用されてないんだね。まぁいいけど。……僕が怖い?」
そんなこと言われたって……刀に手を置いてる人が自分の目の前にいて怖くない人なんていると思う?怖いに決まってるでしょ。かなり。 私は何も言わないで黙っていると、まぁ、怖くないわけないよね……と安定くんが呟いた。そんな彼はとても悲しそうな顔をして目線を下に落とす。 少なくとも、今の彼から殺気は感じられない。
「……あったよ。」
私の呟いた言葉に「何が?」と返す彼。 あの時の話を続きをしよう。
「加州くんの知らない、昔の私だけが知ってること。……いつも喧嘩ばかりするくせに、加州くんが折れたとき、安定くん凄く泣いてたね。」
「……。」
「安定くんだけじゃなくて、昔の私も。沖田さんが寝た後の、縁側で」
そう言っても、相変わらず安定くんは黙ったままで、私と目を合わせようとはしてくれない。ずっと下を向いていた。
「後ね、決定的な証拠もあったよ。」
そう言ってあの簪を探す。だが、布団周辺を見渡しても簪が見当たらない。あ、やばい。手にする前に倒れちゃったから堀川くんが回収しちゃったのかな。そう直感して冷や汗が流れるが、安定くんは「もういいよ」と呟いた。 思わず、え?と気の抜けた声が出てしまう。
「どうせ探してるのはこれのことでしょ。」
「!……うん、」
「もう……分かったから……。」
安定くんの消え入りそうな声に黙り込んでしまう私。その後は沈黙が続いてしまった。 私は安定くんに何て声をかけてあげればいいのか分からない。渡された簪を見つめて、必死に思考を巡らせる。だが必死に考えるも、この沈黙は安定くんによって破られた。
「教えて……」
「え?」
「何で清光はあんなにも和音さんに懐いてるの?生まれ変わり、だから?」
「……そんなの、私には分からない……。確かに加州くんは私が生まれ変わりだからって理由で傍にいるのかも知れない。それは加州くん自身にしか分からないことだから。」
もしそれが本当にそうだったとしたら……昔の私を私に重ねて見ているのだったとしたら、私も悲しいとは思う。 私は何のために生まれ変わったの?って思う時がある。何でそれが私なの?何で過去の夢を私に見せるの?私にどうして欲しいの?なんて……考えれば考えるほど溢れて止まらなくなる。 私だって、私なりに不安が沢山ある。
「……だけど私はここにいるみんなを家族だと思ってるから……。みんなが私に懐いてくれている理由が何であれ、これからもずっと……傍にいたいと思ってる」
「……、……羨ましい」
「ん?」
「……清光が羨ましい。優しい主の元で、こんなにも愛されながら過ごしてる清光が……もっと早く真相が分かってたら、こんなことには……ならなくて済んだのかな……」
震えた声で喋る安定くん。私は目の前で震える安定くんをそっと優しく抱きしめた。
「……何言ってるの。まだ手遅れなんかじゃないでしょ?……私は、安定くんが誤解したまま生きていくんじゃなくて良かったって思ってる。それから、こうしてまた出会えて良かったともね」
そう言えば、安定くんはぎゅっと私の背中に手を回して抱きしめ返し、首元に顔を埋めた。 凄く、震えているのが伝わってくる。とても寂しかったんだね。辛かったんだね。そう思いながら、彼の頭の上にそっと手を置いた。
「……和音さん」
「なに……?」
「……僕を……愛して、」
思っても見なかった言葉に驚いていれば、安定くんは抱きしめる力を強めた。
「僕を清光と同じくらい……いや、清光以上に愛してほしい……」
「……加州くん、以上に?」
「うん……たくさん愛して」
「以上、か……同じくらいじゃダメかな」
だって、明らかに安定くんだけ贔屓したら、加州くん絶対怒るよ。そして拗ねる。 私にはどちらかなんて決められない。だから両方、同じくらいじゃダメなのかな。そう思ってきっぱりと言えば、安定くんはふふっと笑った。
「やっぱりそう言うと思った。和音さんらしいや。……いいよ、それでも。今こうしてるの清光は知らないだろうから。今だけ独り占めということで許してあげる」
「許すって……まぁいいか」
「……これからよろしく、主」
「うん、よろし……え?ん?ちょっとまって。安定くんの主は香水さんでしょ?」
「僕が愛さんの刀なんていつ言った?僕、愛さんに鍛刀されたんじゃないから。たまたま出会って置いてもらってただけ。」
「え、え?いや、それでも」
「そもそも主従の契約も交わしてないし、何なら最初にいずれ出ていくかもしれないとは言ってるから。それが今日だったってだけの話。だからどこに行こうが僕の勝手でしょ」
「……は、はは……勝手すぎやしないかな、」
初知りな上、それは私の命が危なくないか?向こうからすれば部隊に入れるほどのお気に入りを奪われたってことでしょ?私明日まで生きてる?
「元々、主なんて作る気なかったから……最も、愛さんはどう思ってるのか分からないけど。」
本当にまずい気がしてきた。明日どうやってみんなに説明すればいいんだろう。命日回避できますようにとひたすら祈り続けてなきゃ。
「……大丈夫。和音さんは僕が守るから。もう殺させたりなんかしないよ」
安定くんは私の目をじっと見て、そう微笑んだ。
「……その言葉信じるからね。絶対守ってよ。」
その後は、安定くんと別れて、私は乾いた喉を潤すために台所へ向かった。深夜で時間も時間な為、みんなは各自部屋で既に寝ていて、部屋は当然真っ暗だ。 台所へつくと小さな明かりをつけて、コップに水を注いで飲み干す。すると後ろからギシ、と床の軋む音が静かな部屋に響いた。
「あれ、安定くん?戻ったんじゃ───」
そう言いながら振り返ると───いや、振り返る前に右腕に衝撃が走った。持っていたコップが落ちて割れ、それと同時くらいに床に倒れ込む。 まさかこの状況でこうなるとは思わなかった。何で起きてるの。
「……香水さ……うっ」
名前を言い切る前に香水さんは私の上に乗り、私の首へ彼女の手が巻き付いた。さっき衝撃を受けた右腕からは、傷がまた開いてしまったのか着物から赤い血が染み出ている。 さっきの話……まさか聞かれてたとは思わなかった。
「よくも……よくも私の安定を……」
虚ろな目で私を見る香水さん。ぎりぎり、と香水さんの手が私の首に食い込んでいった。 息が苦しくなる。
「安定に何を吹き込んだのよ……」
「……たし、は……何も……い、てな……っ、」
「嘘つくな。許さない許さない許さない……何でお前ばっかり!お前なんか殺してやる!」
「っぐ……や、め……ァ、……っは……」
香水さんは更に手に力を込めた。 息が出来ない。苦しい。目が霞む。涙が出る。
「死ね死ね死ね!」
私はここで死ぬんだろうか。力が抜けていくのを実感しながら、重くなる瞼を必死に開けて考えていた。 ああ、やっぱり私は誰かに殺される運命にあるみたいだ。どうせなら、これも夢であって欲しかった。 |