▼演練編 14〜27▼ 

 23、折れてなんかないよ

「……ん、……んん?……清くん?」

「あー、和音が起きたー!」


目が覚めると、加州くんが座って私の顔を覗き込んでいた。───いや、私の知っている加州くんじゃない。赤い袴に、新撰組の羽織を着ている。しかも子供で……ミニサイズの加州くんだ。
この姿には見覚えがある。加州くんが付喪神として存在していた、昔の頃の姿だ。それに私は今、彼を『清くん』と呼んだ。と言うことは加州くんが呼んだ私は昔の私。……ああ、なるほど。今、私は夢を見ているんだ。短い間にそれを理解して、周囲の状況の把握に移る。


「和音さん、大丈夫?」

「うん、もう大丈夫。心配してくれてありがとう安くん。熱もだいぶ引いたよ」


そしてもうひとり。目の前にいるのが……安定くんだ。彼は心配そうに私を見つめている。そんな安定くんの頭を撫でながら私はそう呟いていた。
この言葉から、どうやら私は熱が出ていたようだ。そして夢を見て気付いたことは、今こうして勝手に喋ってるけれど、喋っている昔の私とは別に、自分の意思はきちんとあるようだ。


「あ、起きてた。……体調はもう大丈夫なの?」

「総司……うん。もう平気。……どうかした?何かあったの?」


部屋に顔を覗かせた沖田さんは、どこか難しそうな顔をしているように見えた。沖田さんは黙って私の傍まで来ると、すとんと座って手を組む。


「……どうやら尊攘派が池田屋か四国屋にいるらしいんだ。」

「尊攘派が……?池田屋か四国屋って……どっちか分からないの?」

「ああ。でもどちらかがその本命なんだ。それで……今夜、二手に分かれて行くことになった。だからお前は落ち着き次第、家に戻ってくれ」

「そっか……じゃあ総司が帰って来るまで落ち着かない予定だからここにいるね」

「……は?」


沖田さんは目を見開いて私を見た。当然、私自身も昔の自分の発言に驚く。いや、そこは帰るって言わない?心配する気持ちも分かるけどさ。


「私はここで帰りを待ってる。て言うか帰らなきゃいけない意味が分からない。……そもそも何で総司たちがいなくなるからって私が帰らないといけないの?」

「いや、そんなこと言われても……」

「だから、いいでしょ。どうせ帰ったって……心配で過ごせやしないんだし」

「……はぁー……分かった。けど病み上がりなんだからきちんと寝ておくこと。それなら許すよ」

「……絶対帰って来て。死んだら私がお前を殺す」

「死んでるのにどうやってお前が僕を殺すの。……大丈夫、こう見えて僕死ぬほど強いから。死なないよ。絶対帰る」


昔の私は沖田さんとそう約束をする。そして、みんなを見送った。
昔の私からは本当に沖田さんのことが好きだという気持ちがじわじわと伝わってきた。今の私には好きだという感情があまり分からない。でも2人は本当にお互いのこと好きだったんだろうな、なんて思う。こんなに幸せそうだったのに沖田さんは病気で、昔の私は殺されて。2人はまだ若かったのにこの世を去ってしまったんだね。
結局、新撰組が帰ってきたのは朝。結果は見事に本命だった池田屋に突撃して成果を上げた。だが沖田さんは大きな怪我が見当たらないのに、他の人の肩を借りて帰ってきた。


「総司……!?」

「……ほら、約束通り戻ってきたよ」


そう言って笑うが、途端に咳をした。


「最近よく咳き込むと思ってたけど……大丈夫なの?取り敢えず布団敷くから休んで」


沖田さんの部屋へ行くと、先ほど畳んだばかりの布団を敷き直して寝かす。何分、嫌な咳き込み方をする。ただの風邪とかならいいんだけど。
そう思っていると「そう言えば……」と言いながら沖田さんが起き上がった。そして、赤い鞘の刀を持ったと思えば、刀を抜く。
は?え?私を清くんで殺すの?とふざけた考えを頭から抹消し、抜いた刀に目をやる。すると見慣れていた刀はどこにもなく、目の前にはボロボロで、帽子が欠けている刀があった。刃こぼれも多数だ。


「え……刀が、折れた、の……?」


そう聞けば沖田さんは黙って頷いた。じゃあ……加州くんは?そう思ったのは昔の私も一緒だったのか辺りを見回した。すると、傍には折れた刀を見ながら泣いている安定くんの姿だけで、加州くんの姿はどこにもない。
もう一度折れた刀に目をやる。この先のことは考えたくない。目頭が熱くなる。


「とっ、取り敢えず!今日は寝て、それから刀が修復できるか聞きに行こう!ほら寝て!」


そう言って沖田さんから刀を取り上げ、無理やり寝かせると、そのまま部屋を出た。
刀を横に置き、縁側に座って外を眺める。


「和音さ、ん……」

「……安くん」

「なんどもなんども清光って呼んでるのに、あいつ、反応してくれないんだ……」


静かに泣いている安定くんを引き寄せて、そっと頭を撫でてやる。そうだよね。何だかんだ言って、あんなに仲良しだったもんね。相棒の存在は大きいよ。


「私も……清くんが視えてた分、とても悲しい……」


私にとってもあの子の存在は大きかった。私にはずっと視えてて、一緒に過ごしてきたんだ。
人間に例えると、それはつまり……死んだ、ってことでしょ?


「……っく、……ぅ……」


そう実感したら最後。私の目から、しょっぱいものが流れて来る。それは止まることを知らなくて、私は、ただ声を押し殺しながら涙を流したのだった。




「おはよう総司〜〜〜おっきろ〜〜〜〜!」

「……う、んー……。…………ぐう、」

「ほら!さっさと起きなさい!」

「い゙っ……!!?」


私の言葉に目が覚めた沖田さん。二度寝しそうなところを叩いて、完全に目を覚まさせた。
何……という寝起きの怖い顔でこちらを見る沖田さんに「出かけるよ!」と叫ぶ。


「え、何で……また甘いもの食べる気?やだよ……」

「たわけが!……刀、修復しに行くんでしょ?」


そう言うと沖田さんは理解したのか「あ……うん。行く」と呟いてむくりと起き上がった。自分で起こしておいて何だが、体調の方は大丈夫なのだろうか。様子を気にかけながらも、出かける支度をさせ、一緒に屯所を出た。
だが、今日一日刀の修復をしてくれそうな処を回っても、修復は難しいと言われっぱなし。とうとう自分たちの知っている範囲の場所で、行く宛がなくなってしまった。


「……流石に修復は難しいか……」


まぁ、そうだよね。帽子が打ち欠けたたんだし……と呟く沖田さん。
じゃあ……加州くんは治らないってこと?
これで、終わりなの?
お別れも言えずに、もう二度と姿を見ることもできずに?


『───俺を捨てないで……』


私の視界にはずっと刀が映っている。
そして、聞き覚えのある……いや、加州くんの弱々しい声が耳に入ってきた。


『───やだよ……俺はまだ戦える!だから……っ捨てないで……』

「……直らないんじゃ仕方ないね。惜しいけど、また新しいのを探すしか……」

「駄目っ!」


私は大きな声を発すると共に、沖田さんの手にあった刀を奪うように取った。不思議そうに私を見てくる沖田さん。


「……折れてなんかないよ。」

「え……?」

「まだ完全に折れた訳じゃない。絶対に直らないとも限らない。……私がどうにかする。」

「どうにかする、って?具体的には?」

「それは……分からない。でも私は諦めたくないの。……捨てないでって。まだ戦えるって私には聞こえるから……」


もういちど会えるなら、修復でも磨り上げでも何だってしてやる。
昔の私はそう言って真剣な目で沖田さんを見た。沖田さんは私の思いを理解してくれたのか「じゃあ頼んだよ」と頷いてくれる。
───そっか。加州くんのあの「綺麗にしてるから」とか「捨てないで」と言う言葉はここから来たものだったのか。
……そう言えば私、堀川くんが渡してくれた簪を見てから……その後の記憶がない。気を失ってからこの夢を見たのだろうか?なら、目覚めなきゃ。
1番心配性な私が言うのも何だけど、ウチの刀たちは心配性で寂しがりやな子たちだ。きっと私に似たのだろう。
だから早く戻ってあげないと。……それに、まだ香水さんの件も終わってない。


「絶対に、直すから……」


刀を持ってそう呟いた前世の私を見つめながら、私は願っていた。
お願い。夢ならば早く覚めて。


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