「ん〜〜〜〜〜」
どうしたものか。無事に明日を迎えるためには、どうするのが1番得策だろう。 つい先程お昼を食べたばかりだ。夜になるまでまだかなり時間がある。とりあえず夜は、ウチの刀剣たちはみんな一緒の部屋に寝てもらおうかな。そうしたら誰かがやられる確率もかなり減るし……うん、それでいこう。 問題は私か〜。私もみんなと一緒に寝ると言うのはちょっとアレだし……と言うより気を遣わせちゃうし……。何とかなるかな……う〜ん…… 悩みに悩んで池の周りをウロウロしていると、和音さんと私の名前を呼びながら堀川くんがやって来た。
「あ、堀川くん……さっきはありがとう」
「いえ、僕が思ったことを言っただけですから!それで……和音さん。ちょっといいですか?渡したい物があって……」
「渡したい物?」
「はい。本当は持ってくる予定はなかったんですけど、さっき荷物を確認したら入ってて……これを」
そう言って左手に握っていたものを私の方に向ける。手の上に乗っていたものは……紫と淡い薄紫の色合いで出来た藤の花が飾られた可愛らしい簪だった。
「へぇー、きれ───」
簪を見て“綺麗”と呟ききる前に、突然頭に痛みが襲った。
『───うわ〜可愛い……』
『───これが?和音は藤が好きなの?』
『───うん、結構好き。デザイン的にも』
『───……んん?そう?』
『───だって藤って、形が可愛いじゃない?』
『───んー……?』
『───もー。総司はそう言うところ全然ダメね!て言うかさ、私って結構淡い紫は合うと思うんだよね。どう?思わない?』
『───自分で言う?まぁ似合わなくはないね』
『───……素直じゃない。もうちょっとはっきり言ってくれたっていいでしょー……』
『───拗ねるなんて子供だね。……可愛い可愛い。似合うと思うよ。……ほら、買って来るからちょっと待ってて』
『───え、いいの!?』
『───欲しいんでしょ?』
『───うん!ありがとう!…………ごめんね』
また、フラッシュバック。 だけど流れてきた光景に違和感を抱いた。
「あの日、この簪を拾った時からずっと主さんが持っていました。それを偶然、本当にたまたまこの前行った任務で見つけて……。僕が持ってていいのかなとも思ったんですけど、また和音さんと会えたのでこれを───」
堀川くんは私の様子に気付かずに、私に向かって話を続けている。だが残念ながら彼の言葉は全然耳に入ってこない。何で頭痛が治まらないの……。何で……さっき流れた光景が可笑しいって思ったの……? 今までに感じたことのない違和感。今まで見てきたものには何らかの懐かしさを感じた。なのに今回は……何も感じられなかった。 でもこの映像は、簪を買ってもらった時の光景だ。昔の私が、店の前に並ぶ簪を見て、沖田さんに買ってもらっている光景。一体、今の光景のどこが可笑しかった?何が可笑しいかった? ……分からない。この頭の痛みも、謎の違和感も。 あれは……本当に─────────?
「……っ、」
ふと“有り得るはずがない“ような事を思ったとき、一段と強い痛みに襲われ、全身の気が抜けた。
「!和音さん……!?」
「ほ、り、かわ……っく……」
「しっかり!和音さん!」
焦った声で私の名前を叫ぶ堀川くんの声が聞こえる、なんて朦朧とした頭でそんなことを考える。 だがそれもわずか、次第にその声は遠のいて、意識はそこで途絶えてしまった。
「き、清光くん!!」
「ん?……主!!?」
いきなり俺の名前を叫ばれたと思えば、主を抱えた国広が立っていた。驚きつつも急いで傍に駆け寄り、主の元へ行く。他の奴らも驚いて集まってきた。主は完全に意識がないみたいだ。
「国広、何でこんなことになってんの!?」
「それが……和音さんにこれ見せたら急に倒れて」
「これ……もしかして」
俺がそう問えば国広はこくんと頷いた。国広の手に握られいたのは見覚えのある簪。 するとたまたま近くにいた安定が「……沖田くんが、あげた簪……?」と目を見開いて呟いた。
「取り敢えず、主を部屋に運びますね!」
鯰尾が意識のない主を抱えながら広間を出て主の部屋へ向かう。小夜と今剣と蛍丸は薬研一緒に、布団を敷きに先に主の部屋へ行った。
「(良く分からないけど、いい気味ねぇ)」
香水は騒ぎを聞きつけてこっちまで来たが、主の姿を見てからふふっと笑い、また戻って行った。 腹の立つ顔。あの女、いつか殺る。
「和音さん……大丈夫かな」
広間に残ったのは向こう側の刀全員と、俺と三日月。さっきより少し静かになった部屋で、国広がそう呟いた。
「……分かんない。……簪のこと、全部主から聞いた。お前の言ったことと主の言ったことから考えると、やっぱり主はあの日殺された……って言うのは辻褄が合うんだよな」
俺がそう言えば国広は小さく頷いて俯いた。国広も兼定とよく主に遊んでもらってたし、いくら昔に死んだってことが分かっていても受け容れるのは難しいだろう。まぁ、俺はまた再会して、こうして一緒にいるけど。 国広は主が違う。そして、いずれ俺たちの本丸に国広ではない堀川国広が鍛刀される日もそう遠くはない未来の話だろう。……ああ、安定もか。アイツについては主のこと大嫌いって言いやがったからどーでもいい。知らない。
「でも……どうして倒れたりなんかしたんだろう」
「主は簪を見て気を失ったんでしょ?」
「うん、そうだね」
「……多分、俺の予想に過ぎないけど、主はその簪を見たとき、過去のことフラッシュバックで見たんだと思う……。考えられるとしたら見えた光景が相当刺激の強いものだったか、あるいは思い出してはいけない内容だったか、なんじゃない?」
頭に入ってくる情報量が多過ぎて頭痛、ってことも考えられなくはない。でももし、俺の予想が当たっていたら。主は……一体何を見たんだろう。何を見て、倒れたりなんかした? 俺たちの知っていることだろうか。それとも、俺がいない間に起こっていた出来事? 俺は一度だけ、長い間使われなかった。それも当然。修復不可能な折れた刀なんか使えっこないから。だからその間に起きたことは、悔しいけど安定にしか分からない。俺が戻ってきた時には……あの人が息を引き取る前だったんだから。俺が知ってる時のことならいいんだけど、ね。
「取り敢えず俺、主の部屋に行ってくる」
そう言って立ち上がり、広間を後にした。
「───ねぇ国広。その簪、ちょっと見せて」
「安定くん……あ、はい」
俺が広間を出た後、こんな会話をしていたのは当然知るはずもない。 主の部屋へ向かうと、主は布団の中で静かに寝息を立てていた。それは本当に息をしていないかのような静かさで怖くなる。
「あるじさま……」
心配そうに主を見つめる今剣に大丈夫だからとしか言ってあげられない。本当に大丈夫なのかも分からないのに。 ……また置いていかれるは嫌だよ。ずっと可愛がってくれるって言ったじゃん。ねぇ、主。早く目を覚まして。 今の俺にはただただ、そんなことを祈ることしか出来なかった。 |