みんなの目線はいつの間にか香水さんに移っていた。香水さんは眉間に皺を寄せたまま「だからそう思わせることがこの女の狙いなのよ!!」と叫ぶ。うわー、狙いだって決め付けたな。 一体全体その根拠はどこから持ってきたんだい。ソースよこせソースを。
「僕は……和音さんがそんなことするような人には見えません」
「ほ、堀川くん……」
驚いた。まさか香水さん側の刀剣……堀川くんが庇ってくれるとは思いもしなかった。他の子たちも驚いた顔をして堀川くんを見いてる。 まぁ、加州くんや安定くん以外に、唯一昔の私のこと知ってる子だしね。
「ハァ?何よ国広。この女の味方するきぃ?」
「味方とか、そう言うのは関係なく……ただ単にそうは思えないだけで……」
「じゃあ私がデタラメ言ってるとでも言いたい訳!?」
待て待て待て、それ以上言ったら堀川くんの身が危なくないか?庇ってくれるのは超絶嬉しいけど、私を庇ったら香水さんの機嫌損ねて刀解され兼ねないよ!ただでさえあの子は気に入らない刀を普通に刀解してしまう子だ。 ……仕方ない、こうなったらもう私の方に話を逸らすか!
「自分の居場所ねぇ。確かに私は親が嫌いだから家から出たいが為に審神者になったよ」
「ほら!だから私の言った通り、そう言う事なんでしょ!」
「けどさ。自分の居場所欲しさに、同情だの利用だの面倒なことする?そんなことしなくても居場所なんて作れるでしょ。それに一々そこまで気が回らないよ。と言うよりそんなことするくらいなら1人で暮らした方が早いし。」
まぁ、最初は一人暮らしするお金がないから審神者になろうって決めたんだけどね。良く考えたら私も不純な動機だったかも知れない。 でも、加州くんたちと出会って、生活していくうちに本当の家族みたいだなって思えたの。
「本当の家族───両親といるより、ここでみんなと暮らしてる方がよっぽど家族っぽい。私がここにいるのは、みんなが大好きだから。愛してるからよ。……変なこと言わないで」
キッと睨みをきかせて香水さんを見ると、馬鹿みたい……と呟いた。馬鹿みたいで結構だ。 人間みんな同じ考えなんて有り得ない。私の意見に反対する人がいるのも当然。だけど反対だからってわざわざ首を突っ込むような真似をしたら……いくらなんでも許せない。
「それで反論は?もう言うことは何もない?私はそんなこと言った覚えないけど……それでもまだアナタは私が言ったと言い張る?」
「……フンッ」
「残念だけど、私はそんなことですぐに折れるような人間には育てられてないから。特に言い合いには勝つ自信があるのよ……昔からね」
ニッコリと笑えば、下らないわと言って広間を出て行った。 訪れるのは、沈黙。
「……っはぁー、ったくもービックリした……」
その場で大きな溜息をつく。あんな即興の嘘、バレない方が可笑しいでしょ。私たちの信頼を今日会った子が簡単に崩せる程、脆く出来てはいない。……とは言ったものの、正直かなり焦った。 あるじさま、あるじさま!と今剣くんが私の手をぎゅっと握る。なぁに?と聞き返せば今剣くんは「ぼくも あるじさまをあいしてますよ!」と笑った。 あ〜〜〜なんて可愛い子なの!!! こんな可愛い子たちを粗末に扱うなんで出来るわけないじゃん、ねぇ!
「でも主さま……あまり驚いて、ませんでした……」
小夜ちゃんの呟いた言葉に「確かにそうだな」とおじいちゃんが頷いた。
「まぁそりゃ……身に覚えのない話いきなりされても理解出来ないし、理解しても香水さんがあんなこと言うからハメようとしてるんだって気付くでしょ」
絶対何かしてくるんじゃないかなって警戒してたし、と言えばおじいちゃんは「なるほど、それであまり動揺していなかった訳か」と呟く。 まーね、言ってもないことを「私そんなこと言ってない!」って大げさに言う方が可笑しいと思うけどね、私は。はあ?何それ初耳。どゆこと。っていう方がまだ信憑性ありそうだよね。個人的な意見だけど。 向こうは私の焦る顔とか、仲が拗れていくのが見たかったんだろうけど……残念でした。
「あの様子だとまだ何か仕掛けてくるかもな……」
刃を私自身に向けるのならいいけど、もしも私が目を離した隙に他の刀たちに向かってしまうと考えたらやはり気が抜けない。 私を庇ってくれた堀川くんも危ないかもしれない。まぁ、向こう側の刀剣が彼を守ってくれればいい話だけど……もしかしたら彼女に壊せと命令される場合もある。だから彼は彼で心配だ。 あーもう、何で私泊まっていいよって言っちゃったんだよ!!しかも1日目にキレたら、次の日まで気まずくなるの普通考えたら分かるじゃん!いっそ明日キレればよかった! どうやら黙り込んで考え過ぎていたらしい。心配そうにこっちを見ている小夜ちゃんの視線に気付いた私は、そっと頭を撫でてからその場を立ち上がった。
「はーもー全く、気を抜く暇もないんだから……」
まぁ、自分のせい、なんだけどね……。
「あームカつく!」
広間を出て、廊下を歩いているとそんな言葉が耳に入った。その声の方に行けば『今』の僕の主、愛さんがそこにいた。
「どうかしたの」
「!……何だ、安定かぁ。驚かさないでよぉ」
「ごめん……」
「あの女、勝ち誇った顔しちゃってほんっとうに虫酸が走るわ。こんなこと言えるのは安定だけよ〜」
みんなには内緒なんだからねぇ、と言う愛さんに僕は首を縦に振った。 まぁでも多分、みんな何となく察してると思うけどね。国広も和音さんを庇ったくらいだし。
「あ〜あ。演練でこんなにイライラすることになるとは思わなかったわ。よくも私を馬鹿にして……」
ブツブツと呟く愛さんを黙って見る。和音さんに向けられた殺意がじわじわと伝わってきた。
『───私、言い合いには負けない自信があるんだからね〜』
『───はいはい分かった分かった。めんどくさ』
『───総司、今めんどくさいって言った!許さない……いーよもう総司には何も作ってやんない!』
『───……や、ごめん嘘。今のは冗談。ごめん』
生まれ変わり、なんて本当にあるのだろうか。和音さんが言っていたことは本当なのだろうか。考えても考えても答えは出てこない。ただ、昔のことをひたすら思い出してしまうだけだった。 僕は……本当に捨てられてなんかいなかったの?沖田くんと仲の良かった和音さんは、本当に出かけて行ったあの日に殺されたの?清光があんなに和音さんにべったりなのは、あの人が生まれ変わりだから? 何も分からない。真実が全て、簡単に分かればいいのに……。
「もういっそ、あの女殺しちゃってよ」
突然の言葉にハッと驚きながら愛さんを見る。 和音さんを……殺せ、って言った?
「殺す……」
「そう、だって腹立つんだも〜ん。みんなが寝ている間に忍び込めば楽勝じゃない?アリバイ作りなんて後から何とでもなるわぁ……ね?」
「……。……愛さん、それはやめておいた方がいいと思うよ。多分向こうも警戒してるし、何より僕たちが倒す相手はただの人間じゃない。いくらあの人が嫌いでも、本来協力しなければいけない人を殺めることは僕たちには出来ないよ。それに……そんなことしたら、僕はきっと刀解処分だし、愛さんもきっとただでは済まされないと思う」
「んー……安定がそう言うなら仕方が無いわねぇ」
愛さんは深い溜息をついて廊下を歩いていった。 僕は……ずっと待ってたのに帰ってこなかった和音さんに対して、裏切られた、捨てられたと思って憎んで、一生許さないと心に決めていた。もしも次に出会った時には僕の手で彼女を斬る……そんな覚悟までしてたのに。僕は……和音さんを憎んでる筈なのに、やっぱり殺めることが出来ないんだ。 だって僕は───心から和音さんを嫌いになんて、なれないから。 |