▼演練編 14〜27▼ 

 19、傍にいて

「ねぇねぇ清光ぅ、ねぇってばぁ」

「……。」

「もぉ、無視ぃ?」

面倒なことになった。まだ主にも呼ばれたことないのに、この女ときたら馴れ馴れしいにも程がある。
ていうか何でこの女は俺にばっか話しかけてくんの。そもそも清光と呼んでいいなんて一言も言ってない。一体俺をほったらかして主はどこに行ったんだ。
そんな俺の心の叫びは誰にも届くはずもなく。周りの奴、特に鯰尾と蛍丸は俺を哀れんだ目で見るだけで助けようともしてくれない。この女はこの女で、俺がイライラしているのに全く気付く様子もなく、無駄にスキンシップしながら俺の名前を呼んでくる。
俺はもちろんガン無視。それなのにめげずに話しかけてくるなんてどんだけメンタル強いんだよ。


「ねぇ、私のところに来ない?」

「…………は?」

「清光だったら特別に私の近侍にしてあげるわぁ!どう?美味しい話でしょぉ?」


本当に何言ってんのこの女。頭湧いてんの?
予想外すぎる言葉に開いた口が塞がらなくなる。
すると、近くにいた蛍丸が盛大に吹き出した。


「ふっ、あはは、行っていいよ加州清光。その後のことは俺に任せてっ」

「はあ?」

「ほら〜、蛍くんもそう言ってるんだしぃ?ていうかなんなら蛍くんも一緒に来ちゃわない?私としてはぜんっぜんアリなんだけどぉ」

「え普通に嫌

「やーん手厳しい」

「俺だって行く気ないし絶対無理。そもそも主の近侍は俺なの分かって言ってんの?今と全然変わんないのにどこが美味しい話なわけ?ていうか、主の方が沢山愛してくれるの目に見えてんのにそっち選ぶと思う?」


俺は笑顔で手を振り払うと、部屋を出る。中から「私、諦めないからねぇ〜」とか「加州清光が行けば、主に近侍にしてもらえたのにー」と言う声が聞こえてくる。蛍丸の奴……主に告げ口してやるから覚悟しろよ。
廊下に出たところで自然と深いため息が漏れた。
俺が他の所に行くなんてありえない。あるはずがない。せっかくまた会えたのに、別れなど考えたくもない。
主が望まなくても、嫌と言うほどずっと主の傍にいて、主が死ぬまで守り抜く。今度は死なせないように。
……ていうか主どこに行ったわけ。探しても探しても見当たらない。部屋にも行ってみたのにいないし、建物内に気配を感じられない。やっぱ外なのだろうか。


「あ、清光くん」

「ん?あー、国広?」


後ろから俺に声をかけたのは堀川国広だった。そう言えばここに来てからあまり話してなかったよなーと思っていると、国広は「どうかした?」と首を傾げた。


「ちょうど良かった。主見てない?」

「……和音さん?それなら僕と話した後、向こうの方に歩いて行ったよ」


昔から変わらないほわほわした雰囲気で話す国広は、うまやのある方を指さした。礼を言って、国広の指を差した方向へと足を進める。何の用があって馬小屋なんかに行ったのだろうか。そんな疑問を胸に、進む足は不思議と早くなる。
すると城の建物の死角から一瞬だけ人影が見えた。風に靡く金の細い髪が、探していた人物と一致する。しかし、その場にいたのは主だけではなかった。
嫌悪感、と言うのだろうか。それが背筋をぞわりと駆け巡った。


「……何してんの。」


主の前には大和守安定が立っていた。
主が俺の名前を呟く。安定を睨みつけながら主に何もしてないよなと問いただしても、思った通りの言葉が返ってこない。何となく分かってはいたがコイツに言われると腹が立つ。
気づけば俺は主を引っ張って歩いていた。


「かしゅーくんっ!」

「……。」

「ね、ねぇ……!痛い……っ、」


主の言葉を無視して、黙って歩く。
単純に、今のアイツは信用するに値していない。だから少しでも早く遠ざけたかった。


「───っ、いたたたたたもう無理死ぬ死ぬ死ぬ!!」


だから周りが全く見えていなかった。アイツから主を遠ざけたい一心で、よほど余裕がなかったのだろう。
真後ろから叫び声に近い大きな声が聞こえて驚きながら手を離す。振り返ると主が涙目で「う、」と左手で右腕をそっと押さえていた。
ごっ、ごめん……!と咄嗟に謝罪の言葉が出る。そう言えば主が腕を怪我していたことを、すっかり忘れていた。傷口が開いてまた出血してしまったらどうするんだ。そう思うだけで血の気が引いていくのが自分でもわかった。
何と言う失態を犯してしまったんだと主に何度も謝るが、主は小さく笑った。


「ふふ……加州くん顔真っ青。もう謝らなくていいよ、大丈夫だから」


背中斬られるのに比べれば、こんなもん大したことないよ!と笑って言ってくれるが、正直比較する対象が可笑しいと思ったのは秘密だ。いくら前世で斬られたことあるからってそれと比べないでほしい。
でもきっと俺に余計に心配させないための言葉なのだろう。それが分かるからこそ、申し訳なくなる。


「……私は本当に大丈夫。安定くんといたから心配してくれたんでしょ?ありがと」


そう言って、俺の頭を撫でてくる。俺は主に撫でられるのが大好きだ。もちろん、撫でてくれる主も大好き。
でも、だからこそ目の前にあるその笑顔がまた突然消えてしまうんじゃないかって怖くなる。
また失うのが怖くなる。


「主……。……俺のことずっと可愛がってね」


だから俺は、何度でも主にこう言うんだ。
ずっとずっと、傍にいてねって想いを込めて。





「───ってことがあったわけ。」


私と加州くんは、赤い小さな橋の上で水面を眺めながら話をしていた。
私は堀川くんと話したことや、安定くんと話したこと全部を加州くんに伝えた。特に堀川くんが話してくれた内容については、思った以上の驚いた反応を見せてくれた。
加州くんも私の話に納得し、そして私がいない間のことを話してくれた。


「……香水さんメンタル強いなぁ」

「ホントーだよもう!誰も助けてくれないし!」


はぁ、と深い溜息をついている加州くんに相当疲れたんだな……と苦笑する。


「……行かないでよ?」

「え?主?」

「だから……向こうには行かないでね?」


傍にいてくれるんでしょ、と隣に聞こえるような声で言うと、見る見るうちに加州くんの顔が赤に染まっていった。……あれ?


「な、何言ってんの!そんなの当たり前じゃん!俺はずーっと主の傍にいるし!」

「うん、いてね。」

「……何か、今日の主はいつもと違う。」

「え、……可笑しい?嫌?」


私がそう言えば加州くんは、ぜーんぜん、もっと俺に甘えてきていいよ!主に可愛がってもらってる分、俺が主を可愛がってあげるから……!と意気込んで笑った。
そんな彼につられるように、私も笑顔になりながらありがとうと返す。加州くんは甘えてくるの上手だよね。だからついつい構って、甘やかしたくなってしまう。
…………けど、残念ながら私は人に甘えると言うものを知らない。父には距離を置かれ、そんな父の味方をする母に、私は何も言えなかった。祖父母だって結局のところ、迷惑にならないようにと思って色々と遠慮してきたことが多い。
そんな環境で育った私は、どうやって甘えればいいのかも分からない。そもそも、甘えるって何だろう。


「主?」

「……ん?どうしたの加州くん」

「大丈夫?やっぱ今日の主ちょっと様子が可笑しいよ。具合悪い?」

「いや、ちょっと考え事してただけーっ、戻ろう加州くん」


そう言って小さな橋を渡る。待ってよーと追ってくる加州くんに、可愛いなと思いながら私は待ちませーん!と走りだした。だが加州くんは更にその上をいき、あんな踵の高いブーツで走ったのに、ほんの一瞬で私に追いついて来ると「残念捕まえたー」と後ろからがっちりホールドされた。
これぞ加州くんの得意必殺技。抱きついたら例え歩いてても、くっつき虫みたいに後ろから離れない。て言うかどんだけ足速いのよこの子。
そんなことを思いながらこの体勢のまま広間に戻る。この光景を見たみんなから、何があったの?と驚かれたのは言うまでもない。


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