お昼ご飯を食べ、やっとあの微妙な空気から解放された。ふぅ、と溜息をつき外を眺めていると、男の人が通って行くのが見える。 あれは……確か堀川くんだったっけ。外で何しているのだろう、とか傷口は大丈夫なのだろうかとか、ちょっとだけ気になった私は彼の近くまで行くことにした。 堀川くんは池の前まで行くとしゃがみ込んで小さく溜息を吐き、そのまま呆然と何かを眺めはじめる。───その光景を目にした途端、米かみに一瞬痛みが生じるという懐かしいものを経験した。
『───また土方さんいない隙にここに来て……何見てるの国広?』
『───あ、和音さん。……池に浮かんでるあの花、何て言うんでしたっけ?』
『───……ああ、それはね、蓮って言う花だよ。』
『───ああそっか、蓮……綺麗な花ですね』
『───おーい国広ー!何だ、和音も一緒か!』
『───兼さん?』
『───兼定まで……。2人とも今日は清くんと安くんの所に行かなくていいの?』
見たことのないフラッシュバック。今回は沖田さんも加州くんも安定くんも出ていなかった。 代わりに2人の男の子と私。そして、土方さんと言う名前が出た。後から来た子は分からなかったけれど、最初に池を眺めてた人は……堀川くんだね。服装は違うものの、容姿はあまり変わっていない。 初対面であるはずなのにどこか懐かしさを感じるのはやはり前世と関係があるからなのだろうなと考えながら、しゃがんで池を眺めている堀川くんにそっと近付いた。
「……この時期に蓮の花は咲かないよ」
「!……和音さん。腕の方は大丈夫なんですか?」
「うん、お気遣いなく。堀川くんも手入れされてないままみたいだけど大丈夫?痛くない?」
「僕は大丈夫です。掠り傷ですし……慣れてます」
「慣れてちゃいけないでしょ……」
「……僕のことはお構いなく」
そう言った堀川くんに「そっか、」と返して私も一緒に池を眺めた。堀川くんはそんな私をじっと見つめている。聞きたいことは山ほどある、っていう何か言いたげな視線だ。 安定くんから何か聞いたのかとふと思ったが、本丸に到着した際の一連のやり取りを思い出すと何も知らなかったというのが妥当だろう。
「……残念だけど、私はアナタの知ってる和音さんではないよ」
「……はい。分かってます。」
「え?分かってるの?」
しかし予想さえしていなかった堀川くんの言葉にこちらが驚かされることになるとは思っていなかった。加州くんや安定くんだって知ったときは、驚いたり信じられないと言われたり、何かと動揺した様子を見せたのに。彼はそんな表情を一切見せることなく頷いた。
「主さん……あ、前の主が気にしてました。沖田さんが亡くなってから数ヶ月後に和音さんも行方が分からなくなった、って。」
「前の主……それは土方さんのこと?」
「はい。ですが土方さんが街を歩いていたら道端であるものを拾ったんです。和音さんが沖田さんに贈ってもらったという簪を。その近くには……既に砂に染み込んで乾いていた血痕がありました。だから……」
「……なるほど。それで死んだと思ったわけね。まぁ、合ってるんじゃないかな。」
「やっぱり……。でも知ってるってことは和音さんは前世の記憶があるってことですか?」
「いや、残念ながら全くないの。……けど、たまに夢を見たり、ある物事がきっかけでフラッシュバックみたいなことが起こったりするかな。さっきも池の前でしゃがみこむ堀川くん見たときちょっとだけ昔のことが見えたの……だから実感は沸かないけど生まれ変わりということは確かなんじゃないかな」
フラッシュバックを見て思い出すと言うよりは、パズルのピースが手に入る、ような。思い出したとは少し違った感覚なのだ。 その光景を客観的にみている自分がいる、というか。とある物事がきっかけでこんな光景もあったねってパズルの1ピースをもらったような気分になるというか。点が線になるにはまだ足りていない、そんな感じ。 ……ん?ちょっと待って。何か可笑しくない?どうして堀川くんは私が死んだって分かってたのに、一緒の部隊である安定くんは私のこと信じてくれないの?? 待って待って、そんなまさか……。
「堀川くん……そのこと安定くんには……」
「……言ってないです」
嘘でしょ……それ言ってくれたら一発だったのに! 頭を抱える勢いでその場にへたり込む。堀川くんは「すみません、言い出しにくくて……」と呟いた。もしかして、悲しむと思って言ってないとか?
「……安定くんは私を恨んでるけど」
「…………ええ!?」
やっぱり知らなかったか!!! チームメイトなのにどんだけ鈍いの君!!!!!!
「彼は私が帰らなくなったあの日から、私に捨てられたと思ってずっと恨んでるんだよ。この前であった時に、大っ嫌いって言われちゃったし」
「すっ、すみません!安定くんの前では和音さんの話を出さないようにしてたので……どおりで最初に会ったとき態度が冷たかったんですね」
もう一回言おう。どんだけ鈍いの君。 このこと安定くんが知ってたら甘味処でどれだけ感動の再会が出来た事か。安定くんにとっては再会かも知れないけど、私は初対面で刀抜かれそうになったからね。 しかし溜息をついたってどうにもならないし、堀川くんを責めるのも間違っているのは分かっている。これはどうするべきなんだ……と呟いていると堀川くんが私の名前を呼んだ。さっきとは打って変わってとても真剣な顔だ。
「僕、今からでも安定くんに言います」
「……んー……いや、いいや。ありがたいけど、私が自分で何とかするから大丈夫。私が言って信じてもらわなきゃ」
「和音さん……」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っとく」
そう言って私は堀川くんの頭を撫でた。
「……何だか、とても懐かしいですね」
「そりゃまあ、生まれ変わりらしいしね」
「僕は和音さんとまた会えて……嬉しかったです」
何この子。超可愛い天使だ……。 こんな可愛い子の顔についてる掠り傷を直してあげない審神者の気が知れんぞ。そもそも自分が嫌われる道をあえて選ぶなんて正気の沙汰じゃないな。
「そっか、良かった。……さてと、そうと決まれば作戦考えなくちゃ。またね堀川くん」
小さく手を振りながら私はその場を去る。作戦なんてたかが知れてると思うけど、とりあえず私が死んだ証拠を探さないと。過去に戻って歴史修正主義者と戦ってるくらいなんだから、ちょろ〜っと過去に戻って実際見せれば即解決じゃない、と思うけど審神者がそんなことしていいのかって話だし。そもそも私、いつ死んだのかすら分かんないし。 と言うか。沖田さんの命日はネットで調べればすぐに出てくるって言うのに、何で恋人だった前世の私の命日は出て来ないのだ。そもそも沖田には和音と言う名の恋人がいたなんて情報が一切出てこないのが解せない。調べたところで沖田総司の好きな人はやれ医者の娘だったとか、やれ島原の芸妓だったとかいろんな説が浮かび上がってるくせに、私の名前がちっとも出来きていないのはいかがなものか。どうせ前世の私はただの凡人ですよ!凡人でしたよ!歴史に名を残した沖田総司や新撰組とは違ってね! え?偉人の幼馴染み兼恋人だったり、偉人に言い合いで勝ったり、偉人に甘味を奢らせたり、偉人の集う屯所に女が出入りしてる時点で既に凡人じゃない?知るかそんなの歴史に聞け。 ……て言うかその前に、まずその目で確かめてもらうために過去へ見に行こうぜなんて言ったら安定くんに斬られそうだな。そもそも抜刀されず話が出来るようになることが大前提だった。
「どーしたもんかなぁ……」
空を見上げれば清々しい程に雲ひとつない青空が広がっている。 悩めば悩むほど分からなくなる。こんなに悩んでいるのに答えが全く出てこない。今ここで安定くんに出会ったらどうしよう。さっき堀川くんと話したことで知った事実をそのまま喋っても嘘だって思われるだけし。
「……早速詰んじゃった」
「何が?」
「いやー決定的な証拠がな、いなー……って……」
そう返答しながら声のした方を振り向けば、そこには現在の悩みの種である人物が立っていて、もはや乾いた笑いが漏れる。ははは……なんと安定さんではありませんか。
「和音さん、ちょっといい?」
「………はい」
嗚呼、神様はなんて意地悪なんでしょう。 |