▼想起編 77〜87▼ 

 86、月明かりが照らす諸恋

『───……昔の私は、アナタを捨ててなんかない!これは本当だから!』


そんな言葉をかけたのはいつだっただろうか。
あの甘味処で初めて出会った安定くんに誤解だと言った私は知らないうちに嘘をついていて、安定くんを騙していた。何が捨ててない、だ。何が本当だから、だ。根拠なんて最初からどこにも無かったのに、夢の、それもたった一部を見ただけで私は捨ててないと決めつけ堂々と嘘を付いていた。
真実を何も知らなかったのに、私は、加州くんと安定くんだけじゃなくて堀川くんや兼さんにまで間違った過去を言い切っていた。それがとても悔しくて、悲しくて、みんなの笑顔が浮かんでは苦しくなる。でもどんなに辛くてもこれが自分が招いた結果で、だから、自分が救われたいための「助けて」なんて口が裂けても言えはしないのだ。分かってる、私なんかが言える立場じゃないって言うのは。


「主……っ!」


走るために動かしていた足が重くなりつつある頃、後ろから聞きなれた声がした。振り返らなくても分かる。未だに止まっていない涙が視界の邪魔をしつつも、私は再び足を早めた。
また、あるじ、と私を呼ぶ声が聞こえる。それも、さっきよりも、近くで。


「っやだ、加州くん追いかけて来ないで……っ!」


今は、声を聞きたくない。顔を、見られない。
気が付けば道場の裏にある、私がいつも弓の練習をしている場所まで走って来ていた。いつも練習に来る時とは違い、そこは月明かりで微かに辺りが認識出来るくらいの暗闇に包まれていた。


「主ってば!!」


絶対に追いつかれたくないと必死で走っていたのに、彼はいとも簡単に私に追いついて手首を掴む。足の速さも体力も勝てないことを知ってるから、来るなと口で言うしかなかったのに。彼は聞いてくれなかった。お願いだから、何も言わないで。私に、優しくしないで。


「主、こっち向いて」

「やだ!やめて、っ離して!今は、今だけは…っ───」


必死の抵抗は全く効かず。更には、そのまま手を強く引っ張られた。そして次の瞬間には、


「んっ…、」


くちびるに、何かが触れていた。
突然のことに動き、思考さえも止まる。後頭部を支えていた手と、柔らかな感触のそれが離れると同時に、暗闇の中でも見えるほど吸い込まれそうな赤い瞳と近くで目が合った。


「……俺、主が好きだよ」


まるで、私に言い聞かせるように。はっきりと、彼はそう告げた。


「な、んでっ……、何で今、そんな事言うの……っ」


ぼろぼろと、止まらない涙が一層強く溢れ出す。何で今、そんな言葉を私にかけるの……。今聞いても苦しくなるだけなのに、何で。
加州くんは泣いている私を包み込むようにして抱きしめた。それを振り払う気力は既に無くなっていて、加州くんにされるがまま抱きしめられる。


「私は…、私は、加州くんと安定くんを、…っ捨てて、たんだよ……なのに、何で、好きなんて…っ」

「主、聞いて。……俺言ったよね。謝ってる理由がどんな理由であっても許すって。だから思い詰めないで、って」

「っでも、でも……!勝手に過去を決めつけて何も知らないアナタたちに私は堂々と嘘ついてたんだよ!私はアナタたちを捨ててない、捨てたりなんてしないって!安定くんと初めて会った時にも……っ、」

「……うん、そうだったね。でもそれは本当に知らなかったんだから仕方ないじゃん。そんなの嘘にはならない、主が負い目を感じる必要なんてないんだよ……それにね主、俺達はその主の言葉に助けられた。救われたんだよ」


また一緒にいられるよって、捨てたりなんかしないよって、ずっと傍に置いてくれた。傷ついて帰ってきても、大丈夫だよって丁寧にお手入れしてくれた。主の優しさは俺にも安定にも、十分届いてる。私の耳元でそう呟いた加州くんの言葉は、今の私には十分すぎる言葉だった。カラカラに干からびそうになった私の心を、彼はいとも簡単に潤してしまう。それだけ、彼の言葉は温かくて、柔らかくて、とっても優しかった。


「主が前世の和音の生まれ変わりなのは違いない。けど、前世とは違う意思がきちんと存在してる……1人の女の子なんだから。何でも自分のせいだって攻めないで。何でも背負おうとしないで。……俺は、沖田総司の恋人だった和音じゃなくて、俺達の主の和音が好きなの」

「っ、うぅ、加州くっ、ん……!ありが、と……っ」

「うん、よしよし、泣かないで主……」


いつまでも泣いている顔を見られたくなくて、加州くんの肩に顔を埋めた。まるで赤子を慰めるかのように泣いている私の背中をぽんぽんと一定のリズムで優しく叩いてくれていた加州くんは、その手をそっと私の頭に移動させ優しく撫でてくれる。その手が心地よくて、まだ彼の優しさに甘えていたくて、私は加州くんの背に手を回した。
私が泣き止んで落ち着くまで、加州くんはずっと撫でてくれていた。それがどのくらいの時間だったかは分からない。数分のことのようにも思えたし、数十分のことのようにも思えた。


「……加州くん、」

「ん?」

「もう大丈夫……、ごめんね、ありがと……」


そっか、と呟いた加州くんは「じゃ、元気が戻ったみたいだし、主にもっかい言うね」と再びぎゅっと抱きしめてきた。そこまで頭が回らない私は首を傾げ彼の言葉を待ってみる。


「あるじ、すき。」

「!え、あ、」

「どんな答えでも受け止める。……だから主の答え、聞かせて?」


彼の表情は、辺りが暗すぎてよく見えなかった。どんな顔して好きと言ってくれたのか分からなかったけど、声色はどこか怯えているのか少しだけ震えていた。彼が好きかどうかの答え、それは最初から一択しかなかったかのように、別の選択なんて考えられないくらい綺麗な道でそこへ導かれていた。


「前に私、加州くんのことは家族として好きだって、言ったことあったよね……」

「っ、そ、う……だった、ね……ごめ───」

「違う!……違うの。……変わってたの。最初は本当にそうだったのに、いつの間にか……自分の中で、どんどん加州くんの存在が大きくなっていってた」


最初は彼の好意が自分ではなく、前世に向けられてるんじゃないかって苦しかった。私は人間で、彼は刀であり神様、その関係のせいで自分が加州くんを好きだって認められなかったこともある。今だって私はみんなをまとめる主であり、彼はその従者に過ぎないという立場に悩み苦しめられている。どうすればいいのか、どうするのが正解なのか、何も分からない。何の答えも出てこない。
でも、それなのに。そんな悩みをまるで知らないと言っているかのように、隣にいた彼はどんどん成長して、いつの間にか強くて優しくて、かっこよくなっていた。気が付けば目で追っていたり、ドキドキすることが増えたり、まるで恋をしてるような……ううん、私は、確かに彼に恋していた。
どうすればいいかの答えは見つからない。でも、もうそんなのどうだっていい気がした。どれが1番正しい道かなんて考えても最初から誰にも分かる筈がないんだから、自分がしたいようにすればいいのかもしれない。そしたら案外、上手くいくのかも。……だから、だから私は、君に…


「……すき、だよ」

「!……あ、主の言う好き、って…」

「恋、だよ。恋愛感情で、私は……加州くんが、大好きです」


ほんと?嘘じゃない?と疑心暗鬼になっている彼の言葉にこくりと頷けば、彼は予想以上な喜びを見せた。月明かりだけでも分かるくらい嬉しそうににこにこと笑みを浮かべる。
へへ、嬉しい。俺も主のこと大好き。壊れてしまったかのように何度も何度も好きを繰り返し言い出した加州くんについ、ふふっと笑いが零れた。


「ね、ね、主。あの時はだめだったけど、今度こそいい?」

「うん?」

「ちゅー、したい。していい?」

「……ふっ、ふふふ、そうは言ってるけど加州くん、既に2度もしたよね。勝手にキス」

「そっ、それは…っ!あの、その……」


加州くんの慌てぶりに更に笑いを誘われた。でもそんな所も愛おしく感じてしまう。参ったなぁ、自分の想像以上に私は彼のことが好きなのかもしれない。


「ふふ、ごめん。ちょっとからかっただけ。……うん、加州くんとならいいよ。喜んで」

「〜〜っ、もう、主その言い方ずるい……でも、好き。大好き」


月明かりの下。薄らと見える2つの影が重なった。


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