知り合い
ケーキを食べ終え、俺と武藤先輩は店を出て帰り道を歩いていた。
「今日は楽しかったーっ!」
「そうですね!」
そう言いながら時計を見ると5時を既にまわっていた。
「…もう5時過ぎてる」
「えっ?もうそんな時間…あっ、」
「?…どうかしたんですか?」
「いや、別に大したことはないんだけどね…今日お母さんとお父さん出張で帰ってこないから晩ご飯作らなくていいんだなって思い出しただけだよ。後、晩ご飯用の買い物に行くのも忘れてた」
そう言いながら苦笑する先輩。そう言えば先輩の両親帰りが遅いって言ってたな…。
「…って事は、いつも両親の晩ご飯も作ってるんですか?」
俺の質問にそうだよーと即答する先輩。
「…先輩、いいお嫁さんになれると思いますよ」
そう思ったことを率直に言うと、目をぱちぱちして先輩は俺を見る。そして、段々頬を赤く染めていった。
「あ、先輩照れてます?」
くすくすと笑って言う俺に、更に顔を赤くする先輩。
「てっ、照れてなんかないよ…!!」
そう言った後、ご飯何にしようかな…と話を変える。
俺の言葉にも照れることあるんだな…と思うと少し嬉しくなった。この2人っきりの時間が一生続けば良いのに、なんて思ってしまったではないか。武藤先輩は、神童先輩の彼女なのに。
「…折角、ご飯作らなくていいわけだし…どっかコンビニでお弁当でも買おうかな…」
「それはダメですよ!!!」
ボソッと呟いて言った先輩に今度は俺が即答する。え?何で?と、先輩はきょとんとした顔で首を傾げた。
「俺が作るとかじゃないんでこういう事に口出しするのはあまり良くないと思ってますけど、買うのはあまり体に良くないですよ」
「…でも作る材料もないしめんどくさい…」
そう言ってかなり面倒臭そうな顔をする先輩。確かにいつも1人で3人分作ってるからこういう時は手を抜けるチャンスなんだろうな…。
俺も出来る事なら先輩に楽させてあげたいけど…やっぱりコンビニ弁当は体に良くないしなぁ………あっ!!
「…先輩!ちょっと付き合ってくれませんか!?」
いいこと思いつ〜いたっ!
──────────……
「……ここです!!」
「…こ、ここって…」
「俺んちです!」
俺んち、つまりおひさま園入り口まで先輩を連れてきた。先輩はびっくりして俺を見ている。
「…迷惑かもしれないけど、やっぱりコンビニ弁当はよくないなと思って…」
そう、先輩に楽をさせる、けどコンビニ弁当を食べさせないで済む唯一の方法!ウチで食わせる!!!
おひさま園ならきっと晩ご飯1人分増えたってそんなに変わらない。下心?勿論それもある。
後、俺が人を誘ってくる事できっと園のみんなは騒ぎまくってうるさくなるだろう。まぁ、それは承知というか…覚悟の上で。俺は先輩の手を引っ張って玄関を開け、中に入った
「ただいまー。…あ、先輩はここで少し待っててくださいね、絶対!」
「え、あ…うん、(…狩屋君って親…。私…普通に狩屋君の前で自分の親のこと話しちゃった…)」
先輩の曖昧な返事を聞くと俺はリビングの方へそのまま向かった。
「マサキおかえりー」
「ただいまヒロトさん…」
「「えりー。」」
「(…何か腹立つ)…ただいま」
リビングでは晩ご飯を作っている瞳子さんとその手伝いをしているヒロトさん。そして何かの書類をまとめているのか、パソコンに向かっているリュウジさん。テレビゲームをしている晴矢さんに、それをソファーに座ってアイスを食べながら見ている風介さんがいた。
「ねぇ、瞳子さん。晩ご飯今からもう1人分増やせる?」
「えぇ、大丈夫よ。誰か来るの?」
「…ッハ!まさか彼女!?」
「「何!!?」」
「ちげーよ!先輩!!」
ヒロトさんの一言に異様に驚いてこっちを見るみんな。俺はそう叫んだ後、急いで玄関で待っている先輩の下へ戻った。
「さっきの叫び声…」
「ははは、気にしないで下さい…。あ、どうぞ」
「……お、お邪魔します」
先輩を連れてリビングに戻るとヒロトさんから思っても見なかった意外な言葉が聞えた。
「…あれ、紗雪…?」
「「何!!?」」
え、何でヒロトさんが武藤先輩の名前知ってんの…?そう思い振り返って先輩を見れば、先輩は黙ったまま俺の後ろに隠れていた。
「…先輩、知ってるんですか?」
「え?あぁ…うん、まぁ…」
だから何ですかさっきからその超曖昧な返事は…。
「久しぶりだな紗雪!」
「元気にしてたか?」
晴矢さんはゲームを中断して風介さんとこっちへやって来て聞いた。
「…うん、元気」
「ところで紗雪はマサキの彼女か?」
「だからちげぇーよ!唐突だな!! 元気にしてたかの後に聞くこと普通それか!?」
…それに、先輩には…彼氏いるし。
「…私、彼氏いるけど…」
「「誰!!?」」
晴矢さんと風介さんの勢いにビクッとする先輩。
いや、当たり前だな。この2人の迫力が怖すぎるんだ。
「…拓人。あ、えーっと…神童拓人っていう…サッカー部のキャプテン…」
先輩の言葉に「ならマサキの知ってる人なんだね」とリュウジさんがパソコンをしながら話しに入る。ホント、嫌になるくらい知ってるっつーの。
「てゆーか紗雪、その頬どうしたんだ?」
…そこに触れてはいけない気がする。何聞いてるんですか晴矢さん!
先輩、絶対にまともに嘘つけない。また『アジの開きが噛み付いてきた』なんて言ったらどうするんだ。完璧に嘘がバレて、問い詰めて聞き出されるだろう。この馬鹿な人達ならやり兼ねない。
「あ、何か転んだ際に何かに打ったって言ってましたよね、先輩?あれ、違いましたっけ?」
「え?あーそうだよ!痛かった…」
先輩は苦笑しながら湿布の上から頬を撫でた。
「まったく…昔から紗雪はドジだな」
風介さんはふっと笑う。上手く誤魔化せただろうか。
「つーか、昔からって…?」
「あぁ、そうだった…そう言えばマサキには話した事なかったけど、紗雪はマサキがここに来る前に良く遊びに来てたんだよ」
ヒロトさんは手伝いの手を止めて、手を拭きながらこっちへ向かってきた。そして、話を続ける。
「両親が仕事で忙しいっていうから、学校のない日とかはここで預かってたんだ。それで丁度マサキが来る前から塾とかに行き始めて…こっちには全然顔を出さなくなったから少し心配してたけど、元気そうで何よりだよ」
「紗雪ちゃん、今日は久しぶりにゆっくりしていってね」
瞳子さんはキッチンから顔を覗かして笑って言った。
そうだったんだ。まさかそんなことがあったなんて。丁度入れ違い、か…
「…ありがとう!」
武藤先輩は笑いながらそう元気に返事した。やっべー…先輩連れてきて良かったかも。
「今日はありがとう、狩屋君。かなり助かった」
「いいえ、ウチ、1人増えたり減ったりしてもそんな変わらないんで、良かったらまた来てください。その…ヒロトさんたちも来てほしいって言ってたし…」
外はもうすっかり暗くなっていて、いつもより少しだけ肌寒かった。俺たちはご飯を食べた後、武藤先輩を見送りに玄関の外まで出る。
「うん、じゃぁ、また今度お邪魔させてもらうね…」
そう言ってにっこり笑う先輩を見て、風に当たっている冷たい頬が熱くなった。
「狩屋君って、おひさま園に住んでたんだね…」
「…はい」
「何か…ごめんなさい、迷惑かけて…」
先輩は悲しそうな顔をして少し俯いた。
「迷惑なんかじゃないですよ…」
先輩を呼んだのは…好きだから。先輩が好きだからですよ。俺はつい出そうになった言葉を必死に抑えて咄嗟に思いついたことを喋る。
「そもそも迷惑だったら最初から無理に呼んでないです!」
先輩の彼氏っていうポジションがダメなら、せめて仲のいい友達になりたい。
「…それに。俺、今凄く楽しいですから。俺には本当の両親はいません。だけど今は、いつもうるさいですけど瞳子さんやヒロトさんたちもいるし…俺にとってはもう、ここに住んでいる人が家族で、俺の居場所です」
勿論、楽しいって思えようになったのはヒロトさんたちだけじゃない。サッカー部のみんな、そして武藤先輩がいたから。
最初はあまり人と関わりたくないって思っていたけど、色々な人と関わっていくうちにこういうのも案外悪くないなって思えるようになった。そう思えたのは、紛れもなく事実なんだ。
「そっか…、よかった…」
そう呟きながら先輩は優しく微笑んだ。
「じゃあ…今日は本当にありがとう。瞳子さんたちにもそう伝えといてね」
「はい!」
そう一言だけ返すと、にっこりと笑って俺に背を向けて歩き出した。そしてくるっと少しだけ振り返ると笑って手を振ってくる。
「バイバイっ!マサキ君!!」
先輩が前に向き直って帰っていく姿を手を振り返しながらボーっと彼女の姿を眺めていた。
今…“狩屋”じゃなくて“マサキ”って…。先輩のさっきの言葉が頭の中で木霊する。
俺、やっぱ先輩のこと諦められないや…。
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