甘い時間
放課後、正門の入り口に2人の先輩が立っているのを見つけ、そこへ向かって急ぐ。すると、俺に気付いたのか、武藤先輩が笑って手を振りながら霧野先輩に話しかけていた。
「あ、狩屋君来たよ!」
「ったく…何でコイツもなんだよ…」
そう言ってあからさまに深い溜め息を付く霧野先輩にイラッとする。
「昨日、散々人を連れ回しといて何ですか!」
「まぁまぁ!さて、ケーキ屋さんに行きましょーっ!」
「お前…ご機嫌だな」
「それはだって、霧野君にケーキ奢って貰えるから!…ねー?狩屋君」
「はいっ!」
霧野先輩は、はぁ…と深い溜め息を付きながら武藤先輩についていく。
武藤先輩の頬の湿布はまだ取れてなくて、何故か見ているだけで痛々しく感じる。どうしてそんなことになったのか、物凄く気になるけど顔に出してたら意外と鋭い霧野先輩に気付かれて2人に迷惑をかけ兼ねない。そう思い、今は霧野先輩がケーキを奢ってくれるという事で、精一杯楽しむ事にした。
俺達は店に付くと日当たりのよさそうな席に座る。大きな窓から外の景色が見える場所に。
俺達はそれぞれメニューを見て自分が食べたいケーキを1つずつ注文した。武藤先輩はミルクレープで、霧野先輩がチョコレートのティラミス。そして俺は勿論大好きな苺のショートケーキ。頼んだケーキは数分も経たずに運ばれてくる。
見た目的に凄く高級そうな仕上がりなケーキだったけど、値段は安かったそうで霧野先輩がホッとしているのが目に見えた。
「うわぁ…美味しそう!」
「ありがとうございます霧野先輩!」
「何でお前まで…奢らないからな」
「俺、今日財布持って来てませーん」
俺がそうにっこり言うと霧野先輩は「畜生…」と呟いて深い溜め息を付いた。ほんとは財布あるけど。
「狩屋君、お主もなかなかやりますなあ…」
「何スか先輩、そのテンション。」
武藤先輩はケーキを口に運びながらふふっと笑った。そして隣からまた小さな溜め息が聞える。
「霧野先輩、溜息ばっかりついてると美味しいものも美味しくなくなりますよ」
「ほうらよひりのふん、たのひまらきゃ(そうだよ霧野君、楽しまなきゃ)」
「食ってから話せ。…ったく、誰の所為だと思ってるんだ…。昨日突然、武藤からメールあって『紗雪は明日、駅前に新しく出来たケーキ屋さんのケーキが食べてみたいなぁ〜、誰か奢ってくれないかなぁ〜?』…って内容なんだもん。何で神童じゃなくて俺に言った訳?アイツに頼んだ方が快くOKしてくれたと思うのに…」
「…ゴクッ……いやぁ…ほら、拓人は委員会だし?」
「…まぁ、神童がそう言ってたから仕方なく『一緒に行くか?』って返せば安定の速さで返信来て『わぁーい!ありがとう!流石は霧野君だね!! そう言ってくれると思ってたよ!あ、後、狩屋君も一緒にね!』だって……」
先輩の昨日の出来事をだらだらと聞かされて苦笑する俺と武藤先輩。てゆーか、昨日聞いたメールの内容より今聞いた方がすっごい可愛かったんだけど…。
霧野先輩は武藤先輩とメールでこんなやり取りしてんの?そう思うと、霧野先輩に腹が立った。これって、いわゆる嫉妬だな
「ところでお前らってそんな仲良かったっけ?」
「仲良いよー!友達だもーん、ね?」
「はい、そうですね〜!」
俺はショートケーキを口に運びながら返事をした。
本当は、【友達】なんてものより、【恋人】って言うポジションの方がよかったけど…神童先輩より、後で好きになってしまった俺が悪いかな…なんて。まぁ、そうは言っても実際、現時点で諦め切れてない俺がいるんですが。
「神童も来ればよかったのになー…」
「いや、だから委員会だし…」
「知ってるけど、いたら俺も神童に奢ってもらったのに…」
武藤先輩は軽く落ち込んでいる霧野先輩に「まぁまぁ、そんな落ち込まないで!ありがとね!!」とケーキを食べながら励ましの言葉を送っていた。
先輩たちの仲がいいのはやっぱり神童先輩繋がりなんだろうか…。
「そう言えば、武藤先輩はいつから神童先輩と付き合ってるんですか?」
ふと思った疑問。自分で失恋の傷を広げてるけど、やっぱり聞いてみたかった。
そんな俺の質問に霧野先輩と武藤先輩が顔を見合わせる。
「あ、えっと、それは…」
「…塾。…って言ってなかったっけ?」
「塾…ですか?」
「おう、俺と神童が一緒の小学校で、武藤とは学校が違ったんだ」
霧野先輩がな?と聞くと、武藤先輩はうん、そうだったねと笑った。
「拓人と通ってる塾が一緒でね…だから、知り合ったのはその時だよ。それからー…拓人に勉強とか時々教えてもらったりして段々仲良くなっていったかな」
そう言って、先輩は飲み物を一口飲んでから続けた。
「でも、私は親の都合で小学校を卒業したら塾やめるってことになっていたから、その事を拓人に言ったら塾最後の日に告白されたの」
「だからつまり、小学卒業前だろ」
「そうだね…まさか同じ雷門中だとは思わなくて…出会った時はビックリしたよ」
先輩はそう言いながらえへへ、と照れ笑いをした。
そうだったのか。んで、その2人のラブラブっぷりにいつの間にか人気カップルになってたんだな。
俺はショートケーキ最後の一口と口へ頬張ると静かにフォークを置いた。霧野先輩はすでに食べ終わっていたけど、食べるスピードが遅いのか武藤先輩はまだ3分の1くらいミルクレープが残っていた。
「…所で、狩屋君は好きな子とかいないの?」
「…………は?」
突然の質問。武藤先輩からの唐突な質問に一瞬思考停止して固まってしまった俺。
「確かに気になるなぁ〜?」
俺はにやにやしながらこっちを見てくる霧野先輩をギロッと睨んだ。
「おーこわ」
「…俺はいないですよ」
平然を装う。
「…本当にぃ〜?」
「本当ですよ!」
武藤先輩に笑って誤魔化す。神童先輩と付き合ってんのにそんな…好きなんて言える訳ねーじゃん。
「えー嘘だー」
「嘘だーって何ですか。そんなこと言われてもいないんですから仕方ないじゃないですか」
「えー、でも絶対狩屋君はかっこいいからモテてるでしょー」
「…そんなこと言っても何も出てきませんよ」
「いやいやいやー!モテるって!ねぇ、霧野君?」
「ん?え?俺に振る?…まぁ何だかんだ言って狩屋は同学年からはモテてるよな」
「はぁ!!?」
霧野先輩の発言に驚く俺。
そりゃそうだ。だって毎日を地味に過ごしてきたわけだから。何だ?これは嘘か?だって俺まだ誰1人告白されたことねーよ?…嘘か。嘘だな。
「…そんな嘘通用しません」
「えー…絶対モテてるよ!正直に言うと私も、最初出会ったときかっこいいなーって思ったもん」
今度は思っても見なかった先輩の発言に心臓が飛び跳ねた。だって、先輩に言われると恥ずかしくて嬉しい、けど反面悲しくもなる。
取り敢えず俺はバレないように誤魔化すんだ
「はあ!!? それこそ嘘でしょ!!!」
「違うよ、ホントだってー!イケメン君だなーって思ったよ!」
やばい、やばいぞこれは。頬が熱くなってきてる。ひとまず逃げるぞ俺は!
「…う、…あーもう!ちょ…俺、お手洗い行って来ます!」
「てらー」
「あ、狩屋君逃げた」
俺は席を立つと霧野先輩の超適当な返事が返ってきてカチンとしたが無視してトイレの方に向かった。
あー、やばいよ。俺今、絶対顔赤い…
▲ ▼ ▲
「……ふぅ、」
狩屋君にいつから私と拓人が付き合ってるのかって聞かれてビックリした。
さっき言った話は全て本当。あの頃は確かに…純粋に拓人に恋してた。付き合ってすぐ、拓人の家の事情を知って、私が側にいてあげるよって言ったのを今でも覚えてる。今は、その…暴力とか、受けてるけれど…あの時言った気持ちは変わらない。
…って、折角楽しくケーキ食べてるのにこんなこと思い出しちゃった。
「美味しかった…今日はありがとね!」
私は霧野君に笑ってそう言ったけど返事がなかった。どうしたのかと思って霧野君のほうを見ると、真剣で、でもどこか悲しそうな表情で私を見ていた。
「霧野君?どうしたのそんな顔して…」
「…ごめんな、」
「え、何?何のこと?てゆーか何で謝ってるの?別に何も悪い事してないじゃん!」
何となく、言いたい事が分かった。でも、分からない振りして笑う。
すると霧野君の右手がそっと伸びて私の湿布を張ってある左頬に触れた。
「怪我…大丈夫か?」
「んー?何で?大丈夫だけど…?」
「紗雪。嘘つくな…」
「嘘なんかじゃないって…!…ホントどうしたの霧野、君…」
そんな悲しそうな顔されたら私、何て返答すればいいか困っちゃうじゃん…。未だに霧野君は悲しい顔をしたまま真剣に私をじっと見つめてくる。
「…ごめん…本当にごめんな…。何も役に立てなくて…」
「………んで…、何で…き、りのく…が、謝る、の…」
そう聞き返せば霧野君は手を退けて黙り込んだ。
「ごめんじゃないよ…。私のほうこそ、霧野君には…」
迷惑かけっぱなしで…支えてもらってばっかだ。
「…心配してくれてありがとう、蘭丸」
「……。いや、別に…」
そう言うと、しばらく沈黙が続いた。
「……どうかしたんですか?」
「あ、狩屋君…」
「何ですか?ここらへんの空気がすっごく重くて暗いような気がしたんですけど…」
狩屋君は目を細めながら首を傾げる。
「え?どうもしてないよ!早かったね狩屋君!!」
「…狩屋の気のせいだろ。なぁ武藤?」
「そうだよー!気のせい気のせい!霧野君が変なギャグ言ったからしーんってなってたの!」
「……俺、そんな変なギャグ言った覚えない」
「え、そう?」
「そうに決まってんだろ…お前ツボおかしい。…あ、そうだった。俺、用事思い出したから帰るな?狩屋、後は宜しく」
「え?あ、はい…」
霧野君はそう言って会計を済ますとお店から出て行く。私はその姿を黙って見送った。
私のほうこそ、ごめんね蘭丸。それから、ありがとう。
←
→
TOP
list
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -