コズミックガール | ナノ

Last

「…別に、急ぐこともねえかと思っただけだ」

 だけどわたしのネガティブな予想とは裏腹に、というか全く見当違いな答えが返ってきた。

「急いでたらああなるの?」
「いや…そういうわけじゃねえけど…勢いだって言ったろ」
「す、すみません…」
「…あーもう、すぐ謝んな」

 頭の上に手が乗ってきて、そのまま乱雑に頭を撫でられる。それによって上げていた顔は自然と下を向き、ふたりの足元へと視線を落とす。「もう行くぞ」とこちらにくるりと踵を向けて踏み出すその歩みを慌てて追った。



 だけど、それをすぐにやめてしまう。

「…これからしばらくは一緒にいんだから別に今しなくても、その、大事にしてやろうかと思ったんだよ」

 なんて、心臓を一直線にぶち抜く言葉が飛んできたからだ。わたしの口からは「へっ?」と情けない声が漏れる。
 真っ直ぐに見やるその視線の先には土方くんの、珍しく赤く染まった耳があった。

「し、しばらく? わ、わたし…そのうち振られるの?」
「なんっでそうなるんだお前の頭は! もっといい解釈しろよ。ってかそこに引っ掛かんじゃねえよ、もっとでけえ釣り針あるだろ!」
「つ、釣り針…?」

 ええと、ととろくさく考えて、またはたと気付く。大事にしてくれるって、なにを? …わたしとのキスを?

「う、わあああ!」
「やっと気付いたかよ鈍感」
「なんかもう苦しい…! なにこれ土方くん! わたし死ぬの!?」
「知らねえよ、七瀬次第だろ」
「そうだよね…うん、頑張って生きる」

 スーハースーハー深呼吸して、荒くなった呼吸とやかましく鳴る心臓を頑張って落ち着ける。

 嬉しい、その一言に尽きた。それ以外に今の気持ちを表せる言葉はないような気がした。…うそ、あった。



 ーーー幸せ。



 少し距離のあいてしまった背中を追う。気を張ってないとすぐに口元が緩んでしまうし、気持ち悪く、ふふ、と笑いが漏れてしまいそうだ。

 その端正な横顔を盗み見る。ああ、現実なんだと再度実感する。
 現実は、わたしにとって、いつも甘くないものだった。ゲームみたいに選択肢は見えないし、攻略本もない。セーブもコンテニューもできない、常に超ハードな設定で何度打ちのめされたことか。
 だけど気付いた。頑張ったら頑張った分だけ応えてくれる人がいる。わたしだけを見てくれる人がいる。やり直しがきかないからこそ、その人のために一生懸命になれるんだと。



「ねえ、やらかしついでに最後にもうひとつだけ、聞いてもいい?」
「おう、ひとつだけな」
「どうしてわたしだったの?」

 どうしてわたしを選んでくれたの? 純粋に迫り上がる疑問。その答えに、わたしの存在意義があるような気がする。

「どうしてって…んなもん、お前が普通だからだよ」
「…ん? どういうこと?」
「俺に対して、普通だったろ? 最初から今まで、俺を囲うあいつらとは違って良い部分も悪い部分も丸出しでぶつかってきただろうが」
「…わたしが出したの、鼻血ぐらいだよ?」
「それを言うなら俺もお前の前で煙草吸っただけだっつーの」

 フッと笑って見せる土方くんに、そんなこともあったなと思い返す。
 ああ、それなら、わたしが勉強もスポーツもできずに自分の見た目に苦しんで、落とし穴の一番底でもがいていたのにもちゃんと理由があったのだなと納得する。

 思い切って、土方くんの手に触れてみた。ぴくりと反応したそれはとても優しく、わたしの手を握り返してくれた。

 自分が、自分であったこと。例えこの広い宇宙の中でありふれた存在だったとしても、この人の唯一になれるのなら…そんな幸せに浸る。

「これからも、よろしくお願いします」
「おう、とりあえず笑っとけ。あと謝んな」
「…はい」

 誠心誠意、頑張らせていただきます。そう誓って、隣に並ぶその人の横顔を見、大きな手のひらを強く握った。

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