03
「…っぶねえ」
ばふっ。思いっきり目を閉じていたわたしの顔に何かがぶつかってきた。退かないそれに何だろうと瞼を持ち上げるけど、イマイチ視界が不明瞭だった。
後頭部に添えられた大きな手はそのままで、というか先ほどより力強くて自分の顔をそこから離すことができない。
スン、と鼻を鳴らす。ふんわりと香るフローラル系のそれは、うちの柔軟剤の匂いに似ているなあとふと思ったとき呑気だった思考回路がしばらく凍結した。
柔軟剤って洗濯の仕上げに使う、ふんわりしていい匂いのするあれですよね? そんな匂いがすぐそばのこれからするってことは、これ、衣服ですよね?
これは誰が着てるものですか? わたしのそばには一体誰がいましたか?
周りに散在している点のようなヒントが線でそれぞれ結ばれて、それらが導き出した答えがポンと頭の中に鮮明に浮かぶ。
ひ、土方くんが! 超近い!!
「ひ、ひじひじひじ…」
「テンパってるのはよくわかる」
「…すみません」
頭上から、ずいぶんと聴き慣れてきた耳触りのいい声がする。
「勢いに任せて色々やっちまうとこだった」
「い、色々って!」
「いいだろ、間一髪堪えたんだからよ」
もうやらかしてますけど! ハグ程度はやらかしたうちには入らないってことなんですか!?
ゆっくりと離れていく温もりに再び顔は上げられない。
なんだこれ、すっごい恥ずかしい…。付き合うってこういうことなの? こんな恥ずかしくてどうしようもない爆弾みたいな気持ちを抱えながらみんな手繋いで歩いてるの?
よく繋げますね!! なんかもうわけわからなくなってきたよ! ちくしょう!
火照って仕方ない頬をどうにかしようと、手のひらでぺちぺち叩く。でもその指先ですら熱を持っていて余計にそれを含ませているだけのような気がした。
だけど、ぼんやりと思う。土方くんとキス、いつか来たるであろうそのミッションは別に…、
「…別に、いいのに」
「なんだよ」
「しても」
「…、…」
言い終わってからハッとして口元を押さえる。なに言ってんだ自分。さも残念そうな口ぶりでぽろっと! 何を!
そのまましばらく固まっていると、深く長く息を吐くのが聞こえた。
「七瀬ってちょいちょいやらかすのな」
「やらかしてますでしょうか…」
「おう、嬉しいけどよ」
「う、うれしいの!?」
「声でけえよ」
「すみません…あ、でもなんかこの感じ久しぶり…」
「確かに」
土方くんの予想もつかない行動に振り回されつつも、ドキドキ鳴る心臓は嫌じゃなかった。
でも、なんで堪えてくれたんだろう。ふと疑問に思い、恐る恐る顔を上げる。それに気付いてくれた土方くんは相変わらずポーカーフェイスで、特に表情の変化は見られない。
「…あの、差し出がましいのですが」
「なんだよ」
「どうして、やめたんですか?」
「よくそこ突っ込んでくる気になったな」
「ええと…気になったんで…」
すると握りこぶしを口元に持って行ってううんと唸る彼の姿に、少し緊張が走る。
…萎えた、とか言われたらどうしよう?
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