02
わたしは、あの学校の中でありふれた生徒のひとりに過ぎなかった。むしろそれらの中でずいぶんと下位のカーストに位置する人間だったように思う。
勉学もスポーツもろくすっぽで、それを理解しながらも真面目に取り組むことをせず、現状に嘆きながらも改善する気もなかった。
見た目にも気を使わず、そのくせ美人を羨む。きらきら輝く男性が無条件に微笑んでくれるゲームの世界へと逃避し、自分を受け入れてくれる友達とだけつるむ。
そんな自分を変えるきっかけになった恩人、土方くん。
あの日、あの時、あのタイミングで屋上に行かなければきっと出会うことはなかった。そして会話することもなかったであろうこの人が、ああしてわたしに言葉を投げかけてくれたのはただの気まぐれだったかもしれない。
その気まぐれのお陰でわたしは頑張ることができた。正直なところ、ああ言ってくれたのが土方くんじゃなかったらこんなにも頑張っていなかったかもしれない。
目を見張るほどのイケてるメンズがこちらに向かって、暗雲に光が差し込むような言葉を投げかけてくれた。そのおかげでわたしは今こうして、友達とともに楽しくて新しさに溢れた日々を過ごせていた。
そしてこれからは土方くんと、眩しくて目を細めてしまいそうなほど輝いた毎日を過ごせそうな、そんな予感がしているんだ。
「ひ、土方くんのお陰なんです…」
「あん? なに、が」
顔を俯かせたまま、そばに立つ土方くんの元へ手を伸ばす。服の袖を掴んで、本当なんだとその気持ちをわかってほしいがために握り締める。
「毎日が楽しくなって…大袈裟かもしれないんですけど、キラキラ輝いてるみたいになって、それだけでもすごいことなのに土方くんと、つ、つつ、付き合う…だめだ動悸が」
「…ホント、大袈裟だな」
「ごめんなさい…でも本当に感謝してもしきれなくて、何回お礼言っても言い足りないぐらい」
相手の目も見れないけど、自分の中で必死に文字をかき集めてそれを言葉として投げかける。そんなとき、不意に手の甲に温もりが重なった。
驚いてそちらを見ると、土方くんの大きな手がわたしのそれを握っていた。反射で引っ込めようとしたけど、強い力のせいでそれは叶わない。
「俺の言葉、きっかけにはなったかもしれねえけど頑張ったのは自分だろ」
「…そう、なのかな」
「七瀬が頑張ることをやめなかったからこうなったんだろ」
「え、な、なに? 土方くん、わたしのこと泣かせたいの?」
「もう泣いてるの間違いじゃねえの」
「な、泣いてない! まだ!」
「ってことは泣くのは時間の問題か」
「泣かないよ! …泣いたらわけわからなくなるもん」
そうは言いつつも実は涙腺はもう緩んでいて視界はぼやけていた。上を向かないと表面張力でぎりぎり耐えている涙が溢れてしまいそうだけど、顔を上げたら土方くんにそれを見られてしまう。
するにできない葛藤を続けていると、土方くんの手が自分の頬に触れた。それだけでわたしは、彼の行動に呼応するように自然と、垂れていた頭を持ち上げてしまう。
こちらを見下ろすその眼差しはとても優しい。それをしばらく見つめて、ふと彼と出会った時に見た気だるげな瞳を思い出す。自分と重なって見えたそれはどこにもない。
少し、自惚れてもいいなら。土方くんがわたしを変えたように、わたしも彼にとって良い方向に向けるキッカケに少しでもなれていればいいな…、
「…七瀬」
呟くように、かろうじて聞き取れるボリュームで呼ぶその声にまばたきをして返事する。真一文字に結んだ口の下、上下する喉仏に目が行く。
おもむろに、彼の顔が近づく。
急に世界がスローモーションになったみたい。
頬に添えられていた手が後頭部に回る。
少し伏せられたまつ毛が綺麗だ。
毛穴なんかないキメの整ったつるんとした肌も綺麗。
スッと通った鼻筋も、
さらさらの黒髪も、
形のいい唇も、
土方くんという人を作る全てが綺麗だと心の底から思う。
…そう頭の中ではくるくる思考が巡るのに体はちっとも動いてくれなくて、至近距離に迫る彼の顔をまばたきもせずに見ることしかできない。
…これって、、
頭の悪い自分でもこのシチュエーションに思い当たる節はあった。伊達に乙女ゲームばかりやってきていないが、リアル経験は皆無なのでただ思い切り目を瞑ることしかできなかったが。
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