05
にやり。そう音になって聞こえそうなほど、ゆっくりと口の端を持ち上げた沖田くんに鳥肌が立つ。
そちらを極力見ないように努力しながら、運ばれてきたチョコケーキに手を付けた。
前に座る沖田くんは、どうしてこんなにも楽しそうな雰囲気を放っているのだろうか。自分はびっくりするほど楽しくない。
それは沖田くんの質問を華麗にスルーしたことを悔いている真っ最中だったからだ。彼が一体なんて呼ばれているか、もう少し考えてからそのスキルを発動すればよかったと心底悩んでいる。
「いい度胸してやすねィ。七瀬のくせに」
「すいません脳が拒否しちゃったんです悪気はないんです」
机の下で、踏むか踏まれるかの攻防が繰り広げられていることを残りのふたりは気付いていないだろう。むしろ気付いてほしい。地味に痛い。このサディストは本当に容赦ない。
「ま、俺に噛みつくならその牙をへし折ってやるまででさァ」
「ちょっとじゃれただけじゃないですか甘噛みじゃないですか」
「最初が肝心って言うだろィ?」
細められた目の奥で、全く笑っていない瞳がこちらを捉える。時折すっと空気と化す、味方のはずのともちゃんに助けを求めようとチラ見すると、ただ菩薩のような笑みで見られただけだった。くそ、こちらは懐柔され済みか。
この野蛮な人を止められるのは自分の隣に腰掛ける土方くんしかいないと、夢と希望を込めた目でちらりと彼を見やる。
「七瀬って見てて飽きねえのな」
こちらはこちらで破壊力があり過ぎた。思いのほか表情を和らげており、こちらをガン見していた。
土方くんにこんな対応をされるのは予想の斜め上すぎたが、元より誰のせいでこの空間にいるのが気まずいのか、それはわたしの隣にいる彼が原因だと思い出した。
「総悟の肩を持つわけじゃねえが、」
さっきの質問の答え、俺も聞きてえわ。そう続けられたことでまた頭がパニックになってくる。
言えと? この場で土方くんがかっこよすぎて倒れましたと言ってしまえと?
そんな馬鹿な。わたしに再度ぶっ倒れなさいと言っているようなもんである。
「いっ、言えないよ」
「なんでだ」
「みんないるしわたしにも心の準備が…!」
「俺とふたりなら教えてくれんのか」
「なんか土方くん変! そんな言い方する人だっけ!」
押せ押せの土方くんにどう対応したらいいのかわからなくなる。わたしたちの関係が進展するのは嬉しい。だけどこんな理解するのも大変な速さで事が運んでは、素直に喜べない。
いや、本音言うと嬉しいんだけどね。なんだかうまく行き過ぎると反抗したくなるじゃん。ほら、人間って天邪鬼じゃん。
「…お前といると、いつもの自分なんてわかんなくなる」
ふい、とあからさまに目を逸らした土方くんは「総悟」と低く沖田くんの名前を呼んだ。ズズズ、とグラスの中身を飲み干した沖田くんは、わたしの足をぐりぐりと踏み付けるのをようやく止めてくれた。
こちらは悪くないのに、むしろ沖田くんが悪いのに。やめてくれたことへの感謝の気持ちを抱いてしまい、なんだか虚しくなった。
なんて、違うことを考えながら。土方くんの発言により赤く染まりそうになるのを、懸命に耐える。
効果なんてないかもしれないけど、もう耳と頬が熱いのはわかってるけど。足掻きたくなる。
「だいたいお前無理やりついてくんじゃねえよ」
「…へいへい、わかりやしたよーっと」
グラスを机の上に置き、ともちゃんの髪の毛を引いて立ち上がる沖田くんは、再度にやりと笑う。
「焼きそばパン1週間分。安いもんでさァ」
そうとだけ言い、立ち上がって背を向けた。それを追ってともちゃんも席を立つ。
「ちゃっかりしやがって」
眉間に皺を寄せた土方くんをじっと見つめる。…ええと、これはつまり。
「これなら、言えんだろ」
まさかの、ふたりきりってやつですか。
prev next