04
気まずい。その一言に尽きる。
自分の前の席には、もっしゃもっしゃとケーキを頬張る沖田くんとにこにこ笑ってるともちゃん。そして隣に土方くん。
どうしてこうなった。
彼らが入店した直後、何食わぬ顔で帰宅しようとしたが、ともちゃんに身を乗り出されてまでされてがっちりと腕を掴まれた。
前方からは満面の笑みの沖田くんが歩いてくる。人の笑顔にこんなにも不信感を持ったのは初めてだ。そして理解しかねる席順になり、現在に至る。
ちらりと隣を盗み見たら、優雅にカップを傾けている姿が確認できた。
コーヒーのブラックがこんなに似合う高校生はいないだろう、なんて素直な感想を心の中で述べつつ、落ち着きを見せている彼が今どういう心境でこの場に臨んでいるのかが気になって仕方がない。
「ななこもケーキ食べようよ。わたし、チーズケーキにしようかな」
「えっ、ああ、そうだね」
意識が隣へばかり傾いてしまって、他がずいぶんと散漫になる。ともちゃんは全てを悟った菩薩のような笑みを浮かべており、それはそれでメンタルにダメージを食らった。
この状況を作ったのは一体誰だと問いたい。その菩薩の裏側はモザイク必須だと暴いてやりたい。
「土方くんもケーキ食べたら?」
「あんま甘えもんは、な」
ともちゃんにそう聞かれると、さも自然に、わたしが手に持っていたメニューを覗き込んでくる土方くん。…ちょっと! 近い近い!
こちらの心境なんか知らずに、…いや察する気もないのだろう。なんの遠慮もなく距離を詰められるのに耐えかねて、ラミネートされた紙を机へ置いた。
視線を上げたら残念そうな表情をしているともちゃんと目が合う。いや、こんな公衆の面前でどうもこうもならないから。災いの元凶はというと、真剣な顔してメニューに目線を落としていた。
「…お前は、」
「へっ?」
そして急に顔をこちらに向けてくるものだから、思わず目が泳ぐ。なんであなたはそんなに普通なんですか。
「…ふっ、すげえ顔」
小さく息をついて、口の端を持ち上げて。こんな状況下で綺麗に笑って見せられる土方くんのメンタルすごい。心臓にびっしり毛が生えているに違いない。
もちろんときめいてしまったけど顔が赤くなってしまうからやめてほしかった。
ちょっと待って、今はやめて。そんなSOSオーラを必死に出すけれど全然気づいてもらえない。…いやでも土方くんって結構勘のいい人じゃなかった?
テーブルの一角でひとりだけ頭を悩ませていると、視界の端で悪友タッグがにやにや笑ってるのが確認できた。当事者じゃないからってこの人たちは…!
ゆっくりとした動作で肘をついた土方くんはじっとこちらを見つめてきた。なにか言いたげに薄く開いた唇に、目線がいく。
さっきからずっと喉がカラカラに乾いていて、自分のグラスに目をやるがもう中身は空だ。
「おい、七瀬」
ここでわたしの名前を呼んだのはまさかの沖田くんだった。別の意味で心臓が鳴る。…もしかしてこの人が助け舟を出してくれるのだろうか。
「昨日、ぶっ倒れたらしいねィ」
駄目だこの人ォォオ! 助けてくれる気ないよ! むしろ核心を突いてきたよ!! この確信犯め!
「なんで倒れたんでさァ」
しかもぐりぐりと抉ってくるっていう…。鬼だよ悪魔だよ…。
ーーーそんなの、言えるわけないじゃん。
土方くんがかっこよすぎて、胸きゅんしすぎて酸欠になりましたーなんて。挙げ句の果てに気絶しましたーなんて、さ。
自分が告白してるタイミングで相手がぶっ倒れるなんて…土方くんからしたらいい迷惑じゃないか。
なんかもうよくわからなくなってきて、自然とふふ、と笑みが漏れた。その表情のまま沖田くんを見る。
「わたしはチョコケーキにしようかな」
スルースキル、発動。
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