06
「それではー! みなさんお待ちかねのカップルダービー!! ただいまより開催しまーす!!」
体育館いっぱいに上がる歓声の前、壇上の真ん中でマイク片手にノリノリで司会をする女子生徒。
「今回はかなりハイレベルな美男美女ぞろいでーす! なんとなんと3年Z組からあの土方くんと沖田くんも参加してくれましたー!! 今までどんなにお願いしても出てくれなかった彼らは、一体だれと出場するんでしょーか!? 乞うご期待っ!!」
やめてやめて、そういうのまじでやめて。
舞台袖で、会場を盛り上げる前振りを聞いていたわたしは、淀む気持ちに突き動かされてべったりと壁にもたれ掛かった。
「どうしたんでさァ」
「いやいや、今の聞いてました?」
「ああ、土方のお相手は美女でーす」
「もうやだこの人」
急に現れたかと思えば、人の弱ったハートをズタズタにする沖田くんはやっぱりひどいと思う。
ちらっと周りを見ると、カップルダービー出場者の人たちが各々会話をしていた。
可愛い人しかいないじゃん。そんな感想しか出ず、深い溜め息をついたわたしは、隣で無言で宙を見つめる土方くんに目をやった。
男子で出場する生徒の中でナンバーワンの呼び声高い、文句無しのイケメンがわたしの相手ですか、そうですか。
「大丈夫よななこ! 今のあなたは乙女の武装をフル装備なんだから!」
きらっきらした瞳でこちらを見るともちゃんに苦笑いを向けてから、ポケットに入れていた手鏡で自分の顔を確認する。
カップルダービーの開催前、なんの滞りもなく賑わう文化祭をそれとなく満喫していると、なにか企んだような顔をしたともちゃんにトイレに連れて行かれた。
彼女の手に持たれているのは大きなメイクポーチ。「さあ、あなたは生まれ変わるのよ」なんて怪しいセリフを吐きながら、ともちゃんはわたしの顔をこれでもかと塗装していった。
下地、コンシーラー、リキッドファンデーション、お粉。肌が呼吸できなくなっていく気がした。
「この色かわいいのよー!」と大興奮のご様子でピンクのアイシャドウを瞼に乗せられる。ちょ、瞼が殴られたみたいになりますって!
絶対に動くなと言われて怯えていると、わたしの控えめな奥二重をアイプチでぱっちり二重に修正。
ナチュラルなつけまつげに、アイラインをガッツリと。ふんわりとチークをのせて、わたしの顔を凝視するともちゃん。その顔怖いです。
「うん! かわいい!」
仕上げにリップクリームと口紅とグロスと、とこれまた幾重にも唇を塗装され「自信持ってね」とようやく見せてもらえた鏡には。
「…だれ?」
別人が映っていた。その驚いた表情のままともちゃんを見ると、「わたしもこれ取ったらどんな顔になるかわからないよ」と自分の顔を指差して笑っていた。これが噂の詐欺師か…!
そのまま土方くんと沖田くんと合流すると、ふたりともわたしを見て固まっていた。
そりゃそうか。原形とどめてないもんね。
「さあ! これで優勝はいただきよー!」
誰よりも張り切っているともちゃんは、このカップルダービーの優勝カップルに授与されるらしい、商品を狙っているのだとか。
再び、土方くんをちらりと見やる。タイミング良く目が合ったけど、ふいっとそらされた。そんなに変ですか、そうですか。
「これ、似合ってないかなあ?」
「違和感はあるな」
「ですよね」
「いつものお前のがいい」
「…ソウデスカ」
豪速球でどストレートな感想を投げつけてくる土方くんに、返答に困って仕方がない。
沖田くんの言うとおり土方くんってブス専なのかな。なんとも失礼なことを考えながら、司会のアナウンスを聞く。
「それでは出場者の入場でーす!」
ついに逃げ場がなくなる、そう考えるとお腹がきゅっと痛くなった。
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