05
「へっくしゅっ」
ひゅううう。冷たい風が吹くたびに体を縮こまらせて首元を隠す。隣では土方くんが、膝にひじをついて頭を抱えていた。
なんだろう、このデジャヴ感。公園のベンチに腰掛けて、誰もいない砂場を見つめる。
じんじんと痛んでいた舌もずいぶんとマシになった代わりになんだか心臓がおかしい。絶対に土方くんのせいだ。そう断言できる。
そっと自分の頬に触れてみた。油断すると思い出してしまう。こちらを見上げる土方くんの表情やその瞳、それらは真剣そのもので心臓が勝手に高鳴ってしまうほど魅力的なものだった。
坂田先生が入ってきてくれてよかったと思う。もしあのままだったら、一体どうなっていただろうか。
俺も自惚れていいのか、なんて。わたしはどう解釈したらいいのだろう。いい方に考えちゃうよ。
「おい、」
不意に呼ばれてそちらを向くと、片手で顔を押さえたままの土方くんがじっとこちらを見ていた。その目を見ていると胸が痛くなるほど鼓動が早打つ。
「…、…舌、大丈夫か」
たっぷりと間を置いてからそう言った土方くんに頷いて見せる。すると彼はまた顔をそらして前を向いてしまった。
とても、もどかしい。近づいているような、変わっていないようなこの距離がどうしようもなく歯痒い。
冷たくなってきた指先を息を吐いて温める。文化祭を明日に控えた今、11月の半ば。季節は冬と言っても差し支えない。
この冷えた手を伸ばせば届く距離に土方くんは座っているのに。どうしてわたしはこのモヤをすっぱりと晴らせないんだろう。それはやっぱり、怖いから、かな。
さっき、ここに来る前、ようやく少し踏み出せたと思ったのに。少し時間を置いたらまた何も言えなくなってしまった。
…うーん、やっぱり坂田先生は来ないほうがよかったかもしれない。
「寒いか」
手をすり合わせるわたしを見てか、申し訳なさそうな表情をして再度こちらを向いた土方くん。
「土方くんは寒くないの?」
「いや、よくわかんねえ」
「そ、そんな馬鹿な…!」
「今、なんか高ぶってっから」
「なにそれなんか怖い」
ぽんぽんと会話が成り立つことに少し安堵した。張っていた気が少しほぐれて、肩から力が抜ける。
「…やっと、笑ったな」
そう言う土方くんも口の端がゆがんでいる。なんだかふたりの間に流れる空気が和らいだ気がした。それだけで、ふたりの関係性についての悩みが少し溶けていくような。
「っはー…よかったー…」
「なにがだよ」
「土方くんと気まずいの、好きじゃないから…土方くんが笑ってよかった…」
「それこっちのセリフ」
どちらからともなく笑い出し、わたしたちの他に誰もいない公園にその声が響く。
しばらくして、ふと途切れてしんと静かになったとき、またどちらからともなくお互いを見あった。
今なら、言えるかもしれない。言葉にしないと土方くんには伝わらないのだから、言え、言うんだわたし!
「…わたし、土方くんとずっとこういう関係でいたい」
「…俺も、そう思わなきゃ今一緒にいてねえよ」
「えっ?」
その言葉に驚いてまじまじと土方くんの顔を覗き込むと、なんだかすっきりとした表情をしていることに気がついた。
「お前が悩んでんのは、俺がハッキリしなかったからかもしれねえ」
「どうしたの急に」
「こっちにもタイミングってもんがあってだな」
「ちょっと待って、話が見えない」
会話についていけていないこっちのことなんかお構いなしに言葉を続ける土方くんは、ゆっくりと腰を上げた。
わたしの手首を掴んでぐっと引っ張るものだから、勢いでこちらも立ち上がった。
「…明日には見えるようにしてやるよ」
髪を無造作に掻き上げて目をそらした土方くんは、「帰るぞ」と呟くように言う。そのままわたしの手を引いて歩き出した。
「…土方くん」
「あん?」
「あの…鞄…」
「学校じゃねえか。…戻るか」
彼は振り向くことはない。それはそれで都合が良かった。掴まれた手首が、顔が、熱くてたまらなかったから。見られなくてよかったな、なんて。
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