04
カチ、カチ、カチ、
時計の秒針の、時を刻む音がやけに響く気がする。
「友達だと、最初に言ったのはお前だろ」
そう言ったあと顔を伏せてしまったので、土方くんが今どんな表情をしているのかわからない。
確かに、"わたしたちは友達だね"と最初に言ったのは自分だ。だけど、それは、だって。勉強でもスポーツでも容姿にしても全く立ち位置の違う土方くんにそれ以外なんて言えばよかったの?
「…わりい、何を急に、こんなこと言ってんだろうな」
握り潰されるんじゃないかと思ったほどだった力が緩んで、優しく手を覆われるだけになる。
土方くんがようやく顔を上げてくれたので、その表情が見えたが、それはなんとも決まりが悪そうなものだった。いつもは真っ直ぐなその瞳はゆらゆら揺れている。
彼はこちらの出方を伺っているように見えた。会話は途切れて、静寂に包まれる。
なんだかモヤモヤする。土方くんはこの微妙な距離感に、答えの返ってこない互いの問いかけに焦れったくはならないのだろうか。
でも、謝って済ませるということは、もうこの事態には触れてほしくないのだろうか。
先に友達と言ったのは確かにわたし。でも先ほど「友達だ」と土方くんも言った。
でも、どうしてそんな痛々しい顔でその言葉を口にするの? どうして今もそんなに悲しそうな顔をしているの?
「…わからないよ」
ぽつりと、思わず口をついて出たそれに自分が一番驚いた。心臓が嫌に早く鳴って、額にじんわりと汗が滲んだ。
「なにが、わからねえんだよ」
「…イエ」
「わからねえことがあるなら言えばいいだろ」
眉間に皺を寄せた、不機嫌そうな表情を見せられて、そんな顔をしたいのはこちらも同じだと心の中で悪態をつく。
「…なんでそんな顔するの」
「そんな顔ってどんな顔だよ」
「その顔! 今もしてる!」
「これが素だ」
一度、口を開くと止まらなかった。
「友達だって、確かに言った! 見た目も運動神経も良くて勉強もできて優しくて一緒にいて楽しくって、そんな完璧な人にそれ以外なんて言えばよかったのかわからないよ! 全然釣り合ってないのに…どうしてそんなに思わせ振りなの。自惚れちゃうよ。そんなの、土方くん、困るでしょ」
勢いに任せて、心の中にモヤみたいなわだかまりを全て吐き出してから、なんだか泣きそうになる。
後悔先に立たずとはこのことだ。土方くんからどんな返事がくるのか急に怖くなった。
初めこそ土方くんをしっかり見ていられたけど、途中からまた逃げ出したくなって、宙に視線を彷徨わせた。
それをどこで留まらせたらいいかわからなくなって目を伏せるも、その先では自分の手が、己のよりずっと大きなそれに包まれている。
「それ、どういうことか聞いてもいいか」
土方くんの低い声が響く。そしてさらりと髪に触れられる。優しげな手つきでそんなことされては、鼓動が不規則になるのも仕方がない。
「それは、俺も自惚れていいってことか」
それは滑り降りてきて、頬に触れられる。もはや体を強張らせることしかできない。
目を瞑ったら瞼を撫でられた。開けろと言われているような気がする。薄く隙間を開けたらもちろん土方くんの顔があるのだけど、目の前にあるその表情は真剣そのもので目を奪われてしまう。視線が絡んだら、今度は逃げられなかった。
「なあ、」
答えろよ、と言われんばかりに手首を引かれても、どうしたらいいのかわからない。何も、言えない。
ーーーガララッ、
「おー…お? どうしたお前ら」
ノックもなく無遠慮に扉が開いて、ふわふわ揺れる銀髪が覗く。
「鍵締めに来たんだけど…えっ、なに? もしかしておふたりさん、そういう関係?」
にやっと口元を歪めて笑う坂田先生に、思考回路はフリーズした。中点が連なりそうな静かな空気の中で、3人ともが固まる。
「タイミングわりいんだよ、クソ天パ」
自分の近くからテノールボイスが響いたかと思ったら、急に自分の体が宙に浮いた。
土方くんに担ぎ上げられたのだと気づいたそのときには、抱えられたまま保健室から飛び出したあとだった。
「ちょ、待っ、土方くんー!?」
ガチッ!
「いったあ! 舌噛んだあ!」
「しゃべってっからだろーが!」
最終的には肩の上で揺られていたせいか酔った。
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