コズミックガール | ナノ

03

「は、ハロー…」
「…」

 ともちゃんの目線に倣(なら)って、こちらを向いた土方くんとばっちり目が合う。
 なにか話さないとと焦った自分の口から飛び出したのは、この空気をさらに凍らせるようなダサいワードだった。しかも無視された。

 これでもかというほど目をかっ開いて、さらには瞳孔全開でこちらを見る土方くんはそのままぴくりとも動かない。
 怖いですその顔。泣きそうです。

「じゃっ、あとはお二人でごゆっくりどうぞー」

 わたしをこの場に連れてきた張本人であるともちゃんと沖田くんは、そそくさと退散していく。
 それに連れ立って戻ろうかと腰を上げると、がっちりと腕を掴まれた。

「…帰ってなかったのか」
「…はい、まあ、そうです」

 掴まれた所がじんわりと熱い。土方くんは一体どんな表情をしているだろうか。真っ赤なわたしよりもっとひどい顔だろうか。…いや、いつもみたいな涼しげなものに戻ってるだろうな。

「帰ってなかったらいいって考えちまったよ」

 ガサガサと鳴る音に隠れそうになったその言葉に驚いた。勢いよく振り返ると、予想通り涼しげな表情をした土方くんが茂みを跨いでこちら側へとやってきていた。わたしの腕を掴んでいた手は離れ、少し名残惜しさを感じる。

 どうしてこうも、土方くんは人の心の中を掻き乱すのか。わざとだろうか。無意識でだろうか。前者でも後者でもタチが悪いことに変わりはない。

「…どうして、そう、思ったの?」

 声が震える。今ならさっきの女の子の気持ちがわかる。震えてるのは声だけじゃない。足だって力を入れて踏ん張っていないと座り込んでしまいそうだ。目の前で微かに目を細めた土方くんの返事を待つのが、とても怖い。

「そりゃあ、よ」

 射抜くようにこちらを見つめていたのに、視線がほんの少しズラされた。
 歯切れの悪く、そんな気まずそうな表情をされると見ていられなくなって、わたしも目を伏せる。

「友達、なんだろ」
「…そうだね」

 自分で宣言したときは平気だったくせに、改めて言われた言葉は心の奥底にぐっさりと刺さった。
 じんわりと涙が滲んで、視界がぐにゃぐにゃに歪む。目を伏せているだけではバレてしまうと俯いたが、それでは涙が雫となって落ちてしまう。

 どうしようもなくいたたまれない気持ちになって、わたしは踵を返して駆け出した。


…………


「…すみません」

 土方くんに小さな声で謝罪する。「いや」と首を横に振って見せた彼は、わたしの擦りむいた膝小僧に、消毒液を染み込ませた脱脂綿を優しく当ててくれていた。
 それは血の滲む傷口にとても染み、思わず顔をしかめてしまう。ようやく赤色に染まった綿が引っ込んだかと思うと、大きめのカットバンが貼られた。

「走り出すのは構わねえがもうちょっと気ィ付けろよ」
「はい、ごめんなさい…」

 もう謝るしかなかった。ド正論を突きつけられていたからだ。



 中庭にて。土方くんと顔を合わせているのが、どうしようもなく辛い気持ちになり、あの場から逃げたくてたまらなくなった。
 だから振り返って勢いよく駆け出したつもりだったが、2歩目で木の根っこにつまずいて派手に転んだ。

 咄嗟に手をついて顔を殴打することは防いだが、手のひらと膝を擦りむいてしまった。痛いし情けないしで、堪えていた涙を構うことなく零すと、自分の体は不意に宙に浮く。

「前にもこんなことあったな」

 懐かしむような声がして、また顔を伏せることしかできないでいた。降ろしてもらえないまま保健室に連れて行かれる。

 もう放課後だからか保険医は不在で、それでも鍵は開いていた。パイプ椅子に座らされて「動くなよ」と一瞥される。
 ガチャガチャ棚を漁っていたかと思うと、両手に色々と白いものを掴んでこちらに寄ってくる。

「染みると思う」
「い、痛い?」
「そりゃあな」

 最初は水に濡らした脱脂綿を当てられて、次は消毒液を染み込ませたものを。
 テキパキと手当てを済ませる土方くんは自分の前にひざまずいており、普段ならあまりない体勢に、それを見たいようなそうでもないような複雑な心境だった。

「…終わったぞ。歩けるか?」
「死ぬ気で歩きます」
「無理すんな」
「這ってでも帰ります」

 恥ずかしさを通り越して情けない。未だに膝をついたままの土方くんの顔を見れないでいると、あろうことか下から覗き込まれた。
 近くなった顔に驚いて思わず仰け反ってしまう。そのままじっとこちらを見られては、目のやり場に困った。彼がどこか柔らかい表情をしていたから余計にだ。
 視点が定まらない。かといってその顔は見れないし、あからさまに顔を背けるのも失礼だし、どうにもできないまま沈黙する。

「送っていってやる」
「だいじょうぶです間に合ってます」
「…なんだよ、急に」

 ちらりと見ると、今度は少し不貞腐れたような表情をしていた。「なにが不満だ」なんて低い声で言うものだから速攻で否定した。

「なんか、恥ずかしいよ」
「派手に転けたからか」
「それもだし、色々」
「なんで泣いてたんだよ」
「…こけて、痛かったから」
「嘘だろ」

 なんだか自分の心の内を見透かされているような気がした。逃げたく思って立ち上がりたかったが、あいにく土方くんが自分の折った膝の前にいる。これでは立つことができない。
 悩んでいたら腿の上に置いていた手を掴まれた。ぎゅっと握られた力よりも強く、自分の胸が締め付けられる。顔はもちろんのこと触れられているところが熱くて堪らない。

「なんで泣いてたんだ」

 言ってしまえば楽になるのか。…でもそれを告げたら最後、戻れなくなりそうで怖い。

 友達。

 その言葉が嫌だった。辛かった。切なかった。悲しかった。
 喉元までせり上がってきたその言葉は放っておけば吐き出してしまいそうだ。ぐっと飲み込んで、首を横に振ってみせる。

「なにもないよ」
「嘘つくなよ」
「ほんとだって」
「そんなわけねえ」

 いつもよりやけに強情な土方くんに戸惑って、思わず苦笑した。そんなこちらを見て、彼は眉を潜める。
 不意に、こちらの手を握っていた指先に力が籠もって、自分の肌に食い込んだ。それは痛みを覚えるほどで顔を歪めてしまう。

 わけがわからない状況の中で一番わからなかったのは、土方くんも痛そうな顔をしていること。

「友達だと、最初に言ったのはお前だろ」

 彼の表情に、言動に、胸が痛む。

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