コズミックガール | ナノ

02

「わりい、今日は呼び出されてっから」

 キーンコーンカーンコーン。

 聞き慣れたチャイムが鳴り響き、帰り支度を整えた生徒がぱらぱらと帰宅して行く。開閉する扉の外に女子生徒の視線を集める男子生徒がいるのを確認し、わたしは鞄を持って近付いた。
 だけどこちらの姿を確認した土方くんは開口一番にそう言った。そのままくるりと背を向けて、手ぶらで歩き出していく。

「うん、わかった」

 語尾に近づくほど、小さく消え入りそうになったこちらの返事なんて聞こえていなさそうだった。



 文化祭の前日というこの重要なエックスデーに土方くんを呼び出すのはどこのどいつだ。わたしだって話したいことあるのに。
 …カップルダービーなんて出ないぞこら。なんて、口になんて到底出せない言葉を心の中でもみ消して、一息吐いた。


 トントンと肩を叩かれて振り返ると、にんまりと笑うともちゃんが立っていた。「青春だねえ」と言ってわたしの横に立つ彼女は、とっても楽しそうだった。
 するとまたトントンと肩を叩かれた。なんだかイラっとしながら振り返ると、これまたにんまりと笑う沖田くんが立っていた。
 苛立ちなんてなんのその。一瞬で笑顔を顔に貼り付けると「どうしたの?」と精一杯かわいらしく言ってみた。

「嘘くせえ。口元引きつってる」
「…無表情で睨みつけるよりましだと思うんですけど」
「その表情を崩して屈服させるのが調教の醍醐味でさァ」
「すいません謝るんでその笑顔やめてもらっていいですか」

 身の危険を感じてさっと後ずさると、さも面白くないといったように溜め息をつかれてしまった。
 そこで、どうして沖田くんがここにいるのかようやく疑問に思った。彼の射程圏外まで距離を置いてその質問を投げかけようとすると、にんまり口の端を上げたままの沖田くんが先に口を開いた。

「土方、女子生徒に呼び出されたらしいですぜ?」
「…へえ」

 だからどうしたっていうんだ。そんな考えとは反比例して、頭を鈍器で殴られたみたいだった。ぐわんぐわんと回り、痛む。

「土方、可愛い女子生徒に呼び出されたらしいですぜ?」
「わたしがでぶすって言いたいんですね」
「よーくわかってんじゃねえか」

 要らぬところを強調されて少々ヘコんだが、事実なので言い返せないのはいつものことだ。

「中庭、とか言ってやしたねェ」

 独り言のように呟く沖田くんはわたしの首根っこをひっ掴むと、至極楽しそうに歩き始めた。
 ともちゃん、助けて。サディスト王子から身を守るための最後の砦を見ると、満面の笑みでこちらを見ていた。この裏切り者ォォオ!!


…………


「ずっと土方くんのことが好きでした! よかったらわたしと付き合ってください!」

 わたしは中庭の木の陰に隠れるなんてベタなことをしながらその告白を聞いた。
 声のボリュームから、込められた意気込みと熱い思いの丈が伝わってくるようだ。

 隣の茂みの陰には、ともちゃんと沖田くんがスパイさながらの低姿勢で待機している。
 どうしてそんなにノリノリなのか聞きたい。そしてわたしにもついていけるテンションでお願いしたい。

 わたしは木の幹に背中をぴったりとくっつけているので、土方くんたちの姿を確認することはできない。わりと至近距離に立つ彼らの会話で、状況を推測するしかないのだ。
 なのに土方くんからの返事はなく、会話がないのかただ聞こえていないだけのかもわからない。

 悪友コンビをちらっと見ると、携帯を片手に無線ごっこをしていた。
 ちょっと待て、仕事しろよ仕事ォ!
 役に立ちそうにないふたりに呆れつつ、自分だけでも現状を把握するため、深呼吸してから告白現場を覗いた。

「今はそういうの考えられねえ」

 その瞬間、土方くんがばっさりと言い放った。あのクールな表情に、鋭い目つきが加わっている。
 相手の女の子は顔を俯かせていた。彼が放った言葉は、意図せずわたしの心にもずっしりとのしかかった。

「…友達でも構わないから、明日の文化祭、少しだけ私と一緒にいてくれませんか」

 震える声で言う女の子に拍手を送りたくなった。自分なら断られた時点で走って逃げる。
 だけど土方くんは「あー…」と低く唸ってから、再度断っていた。

 その光景を見ていたらなんだか切なくなってきて、物音立てないように木の根元に座り込んだ。
 あんな可愛い子が振られるのに、わたしがどう足掻いたら彼の隣に立てるというのだ。

 なら、どうして、土方くんはこんなにも側にいてくれるんだろう。





「おい」

 さっきよりも近くで聞こえた声に驚いて、思わず肩を震えさせてしまった。声を上げなかったのを褒めてほしい。
 顔を上げると、土方くんが茂みの向こう側からこちらを覗き込んでいた。

 幸か不幸か、ともちゃんと沖田くんはわたしから少し距離を取ったところでスパイごっこをしていた。だから土方くんの顔はふたりの方へ向いており、わたしは息を呑みながら彼の後頭部を見つめる。

「なにやってんだよ、コソコソと」
「あり? バレてんじゃねーか、ともこのせいでィ」
「いやいや、沖田くんがノリノリで無線機ごっこしようぜとか言うからだと思うよ」
「…お前らだけか?」

 土方くんはわたしに気付いていない。目の前で繰り広げられる3人の会話に、そう理解する。

「誰をお探しで?」

 沖田くんが意地悪い表情で問いかける。口角を持ち上げ、とても楽しそうに見えた。

「…アイツ、帰っちまったよな」
「土方が帰れって言うからでさァ」
「そうは言ってねえよ」

 アイツ、とは。その人物を考えて、自分の顔に熱が集まるのを感じる。

「ななこなら、」

 ともちゃんが優しく微笑んで、こちらに視線を移す。

「そこにいるよ」

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