05
校内を歩いていると名前を呼ばれ、女子生徒がひとり寄ってきた。
そいつには見覚えがあった。親衛隊と自分たちのグループに名前をつけて、よく寄ってくるうちのひとりだ。「七瀬は」とみなまで言わずとも言葉に詰まったのを見て、直感が働く。
「おい」
距離を詰めて見下ろすと、その顔が引きつったのがわかった。
「…ぃ、オイ…」
誰かに呼ばれたような気がした。薄く目を開けて、そこでようやく自分が寝てしまっていたことに気がつく。
「こんなとこで寝てねえで起きろ」
肩に温かい感触があって、それに体を揺さぶられる。ほんの少しの揺れだったが、今のぼやけている意識を覚醒させるには十分だった。
おかげで徐々に頭が冴えてくる。目を擦りながら重たい頭をゆっくりと持ち上げた。
目の前に、土方くんがいた。
三角座りで膝に顔を埋めていたこちらに合わせて、しゃがみ込んでくれている。
まさかの人物に驚いて、身を引くと後頭部を後ろの壁に勢いよく打ち付けてしまった。痛みに再度、膝に顔を埋めると「なにやってんだよ」とくぐもった声が聞こえた。
ちらりと見上げると、口の端を歪めて小さく笑みをこぼしているのが視界に入る。彼なりに笑いを堪えてくれたみたいだけど、完全に笑ってますよ土方くん。
「こんなとこでどうした」
「…土方くんこそ」
「…悪かった」
そんな表情を一変させてそう言われると反応に困った。どうして彼が謝るのだろう。
首を傾げて見せると、幾分か表情を和らげて言葉を続ける。
「俺の親衛隊だとか言う奴らにやられたんだろ」
「…ううん」
なんとなく否定したほうがいい気がしてそうするも、彼は複雑そうな表情を浮かべた。それは、わたしが引っかかって仕方のなかったものと同じだった。
「こうなるってなんとなくわかってた。…だからお前と出たくなかったんだよ」
「…へっ?」
「なんつったっけな。文化祭の」
文化祭の。それはきっとカップルダービーのことだとすぐに気がつく。
絡まった糸がほどけていくようにすんなりと、その表情の意味が理解できた。
土方くんは彼なりに考えてくれていたんだ。ともちゃんはただ接点を作ってくれただけ。でもそれによってわたしが嫌な目に合わないように。
「そ、そんなの…ズバッと断ってくれてもよかったのに…」
「いや、お前と出るのが嫌なわけじゃねえから」
伏せられた、その涼しげな目元をじっと見つめる。目も合っていないのになんだか見ていられなくなって、自分も同じようにそうする。
顔に熱が集まるのがわかる。その不器用な優しさに、どうしようもなく嬉しくなる。だけどこちらが恥ずかしくなってしまうような、思わず勘違いしてしまいそうなくらい真っ直ぐな言葉に切なさも感じた。
「ごめんね、また土方くんに迷惑かけちゃった」
「それはこっちの台詞だろ」
「なんだか助けてもらってばっかりだね」
「んなことねえよ」
「…その、もしよかったら、すこーし距離、取ります?」
「…」
思い切って提案してみたのに返事はない。妙な気まずさを感じ、唇を噛んで沈黙する。
この人と一緒にいれば楽しいと、もっと距離を詰めたいと思うのに…それとは裏腹に自然と身を引いてしまう。
「…なにが、もしよかったら、だよ」
そのときだった。今まで聞いたことのない、ドスの効いた低い声が響く。聞くだけで血の気がサッと引いた。
恐る恐る顔を上げると、それはそれは恐ろしい顔をした土方くんが真っ直ぐにこちらを見ていた。
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