コズミックガール | ナノ

03

 急いで教室まで戻ってカバンを引っつかんで、階段なんか段を飛ばして降りちゃったりなんかして。
 息を弾ませて待ち合わせ場所に到着したら、靴箱に背中を預けて、宙を見つめる姿があった。アニメのワンシーンみたいに、背後から光が差し込んで見えた。

 こんな人が自分を待ってくれている。そんな現実に、なんだか変に緊張した。今さらだし何回も痛感してるけど…なんで土方くんってこんなにイケメンなんだろう。

「息切れてんぞ」

 こちらに気づいた土方くんは顔だけで振り向き、落ち着いた口調でそう言った。

「ちょっと頑張って階段降りました」
「転げ落ちんなよ」
「…ありそうで怖い」
「聞こえるぐらいの悲鳴あげたら助けてやるよ」
「えっ!? いいの!?」
「なんでそこ驚くんだよ」

 靴を履き替えるという、いつもしている作業ですら見られていると思うと上手くいかない。いつもどうしてたっけ。右足からだっけ。
 あたふたしながらし終えて、すぐ側に立つ土方くんを見上げる。今朝見たような、あの複雑そうな表情は今は見えない。それにほうっと胸を撫で下ろす。

「お待たせしました」
「おう」

 簡潔な会話をしながら自分の先を歩く、広い背中を見つめる。歩調が合わず少し開いた距離をもどかしく感じた。
 だけど追いついて肩を並べる勇気もない。なのに、また顔だけで振り返られる。

「なにやってんだよ。置いてくぞ」

 無性にときめいた。ときめくなんて可愛い表現じゃ足りない。ぎゅんぎゅんした。心臓が痛いぐらいだった。甘酸っぱい気持ちを抱え、高さの合わない肩を並べる。

 なんなんだろうこの人は。本当に罪深い。

 しかも校門を出ると、さも当たり前のようにわたしの家の方へと歩き出してくれる。

「ちょ、今日はわたしがお見送りを…」
「あれマジだったのかよ」
「当たり前だよ」
「別にこっちでも帰れる」
「そうなの?」

 視線だけこちらに寄越すのに、これは肯定の合図なのかなと勝手に解釈した。



 あまり表情に変化のない土方くんは、やっぱり何を考えているのかいまいちわからない。
 わたしは話し出すタイミングを今か今かと伺っていた。無言が続いているのだからいつ切り出しても問題はないと思う。だけどその仕方がよくわからなかった。

「見すぎだろ」

 そうしていたら、ちらちら盗み見していたはずの横顔をいつの間にかガン見してしまっていた。

「ご、ごめんなさい…」
「構わねえけど…なんだよ? 何か言いてえことでもあんのか?」

 けれどそれは功を奏した。まさか彼の方からそう問うてくれるとは、まさに天の助け…!
 全力で頷いて、必死で頭の中の考えを会話のイメージにまとめる。…よし、いけ! 今だ、今しかない!

 息を吐いて、呼吸を整える。



「そ、それではひとつめの質問です…じゃ、じゃじゃん! どうして土方くんはわたしとカップルダービーに出場しようなんて思ったのですか! はい! お答えください!」
「なんだその急なクイズ形式」
「あ、こ、これはですね…これぐらいの勢いがないと聞けなくてですね…!」

 ピシ、と空気が凍ったような気がする。土方くんは何も言わない。ただ真正面を向いている。
 自分の心臓は聞いたこともないぐらい大きな音を立てていた。その瞬間、隣から「ぶはっ」と吹き出すのが聞こえた。土方くんの歩みが止まり、顔を伏せてしまっている。
 骨ばった手で口元を押さえて肩を震わせるのに、笑っているのが見て取れた。

「ちょ、ちょっと! 笑いすぎだよ! なんか恥ずかしくなってきたじゃん…」
「いやっ…ちょ、悪いっ…」

 ついにはハハッと声を上げて、膝を折った。こんな人が道端にしゃがみ込むほど爆笑していることに驚いたものの、それを見ていたらつられた。
 理由もなく笑いがこみ上げてきて、同じように地面に膝をつく。それがなんの合図もなしにちょうど途切れたとき、潤んだ瞳がこちらを向いた。

「お前やっぱりおもしれえよ」
「えっ? そ、そうかな」
「いつも寄ってくる奴らと全然違う」
「そりゃあまずフォルムから違うし…」
「フォッ、フォルムなんて言ってねえよ」
「待って。土方くん笑いすぎ」

 思わずツッコんでしまったが、鼓動は大きく弾む。まずい。同じように笑ってないと、…それを意識してしまうと顔が赤くなってしまいそうだ。

「そういうところだ。他のやつらと違うのは」

 なのに、だ。こちらの事情なんか知らない土方くんは大きな握りこぶしを作って、あろうことかわたしのおでこを軽く小突いた。
 何をされたか理解できたとき、心臓が誰かに握り締められたみたいにぎゅうっと縮まった。

「屋上で真っ白な顔で倒れてると思えばいきなり殴りかかってくるし。かと思えば急に泣き出すし。んで表情が明るくなったかと思えば鼻血吹き出すし」

 終始楽しそうな顔で言うが、こちらは恥ずかしいやら逃げ出したいやら。
 頑張って耐えていたのに顔に熱が集まるのがわかる。きっと耳まで真っ赤になってしまっているだろう。

「一緒にいて楽だしおもしれえなって思っちまった。行動はいちいち驚かされるけど飽きねえし、それに、」

 そこで、何か考え込むように口を閉ざした。土方くんはじっとこちらを見つめている。その眼差しは優しげだった。
 何だか爆発しそうだ。むしろ爆発した方がましのような気もする。

「俺はお前をブスだなんて思わねえよ。ずいぶんいい顔するようになってる」

 よし、爆発しよう。

 耐えきれなくなって、手のひらで顔を覆う。ーーーなんだろう。可愛いって言われたわけじゃないのにすっごく嬉しい。おもしろいって、わたしと一緒にいて楽だって、なんだそれ。
 勘違いしちゃうよ。親衛隊の可愛い女の子よりも、自分の方がこんな素敵な人に近いのかななんて…思っちゃうよ。

「土方くんって、それ無意識?」
「あ? 思ったこと言っただけだろ」
「…さようでございますか」

 しばらく呼吸を整えてから、今度は自分から目を合わせてみた。その綺麗な顔が、その目が、間違いなくこちらを捉えている。嫌がられることはなく、逸らされることもない。
 ほっぺたが熱い。なかなか冷めやらぬこの熱は、もう気づかれているに違いない。ならせめて、この胸の高鳴りだけはバレないでいてほしい。



「…わたしもね、土方くんと一緒にいると、た、楽しいよ!」
「おう」
「土方くんとこれからも、…友達でいたいと思ってるよ」

 でも、やっぱりダメだわともちゃん。今まで手も届かなかったようなこんな人には友達って、そう言うだけで精一杯だよ。

「だから…これからもたまに話してもいい?」
「は? たまにってなんだよ。顔合わせりゃ話せばいいだろ」
「ひ、土方くんってなんて罪な男…!」

 どストレートな言葉にこちらはもう満身創痍になりながら、精一杯笑ってみせる。

「もうひとつ聞きたいんだけど…」
「なんだよ」
「あの…わたしの名前、知ってる?」
「七瀬、ななこだろ?」
「…あ、有難き幸せ!」
「なんだそりゃ」

 土方くんが見せていた、あの複雑な表情のわけを聞くのはもうやめだ。この人の隣で立つことを許された。
 今は、その事実だけでもう十分じゃないか。自然とそう思えた。

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