02
「急にごめんね。たまたま沖田くんと出会って、ななこと土方くんの話をしたの。文化祭のカップルダービーの話は沖田くんから振ってくれてね、ななこと土方くんとで参加すればふたりの進展への良いチャンスかなって考えちゃったの」
申し訳なさそうに眉を寄せてそう言うともちゃんに、こちらはただ頷くことしかできない。
事実、機会を作ってくれたのは有難い。だけどハードルが高すぎやしないか。
結局、土方くんのあの表情の理由は聞けないまま彼らふたりはZ組の教室へ帰っていった。クラスメイトの、主に女子生徒の視線が痛かった。
けれどそんなことよりも土方くんの表情の意味が気になって仕方がない。
「いいよ、ともちゃん。ありがとね。土方くんと話しするチャンス作ってくれたもんね。でもA組の教室にイケメンズの呼び出しはハードル高くなかったの?」
「うーん、なんか沖田くんが俺に任せなって言うからいいかなって」
「踏ん切りのいいともちゃんは嫌いじゃないけどわたし、明日が怖い」
「だーいじょうぶ! もう手遅れよ!」
「ともちゃーん! それダメなやつー!!」
笑って見せると、ともちゃんも同じ表情を返してくれた。ふと、土方くんの不器用な笑みを思い出した。
そんな悩みの種を解決する機会は割とすぐにやってきた。その日の放課後、職員室にて課題を提出し、カバンを取りに戻るためA組の教室を目指していた。
人のいない廊下を歩いていると、前方に見覚えのある男子生徒が影を現す。近付くにつれてはっきりとその顔が見えるようになる。
彼もこちらに気付いたらしく、耳にはめていたらしいイヤフォンを片方外してくれた。
「…土方くん、今から帰るの?」
「ああ」
それは仏頂面の土方くんだった。「そっかあ、またね」とこちらは続けたけど彼は歩みを止めた。何か言いたげに薄く唇を開いたけど、言葉は紡がれることはない。きゅっと口を結んでいる。
それに習って何も言うことなくその目を見ていたけど、なんとなく今行動しないと後悔する気がした。
「…っあ、あの! 土方くん!!」
「…声でけーよ、びっくりした」
「す、すみません…」
だけど意気込みすぎて、声のボリュームにも気合いが入りすぎた。肩を震わせた土方くんは目を見開いていたけど、それをすぐに細める。
「笑わせんなよ」
ちょっと出鼻くじいてしまった。だけど今まで塞ぎ込んでいた土方くんが可笑しそうに小さく笑うから、こちらもつられて気持ちが緩む。
今なら言えそう。頑張れ、わたし。
「あのね、土方くん」
「おう」
「わたしも今から帰るんだ」
「…おう」
「今度はわたしが土方くんを、お…おおお送ったげるよ!!!」
い、言えた! 言い切ったよともちゃん!!
嬉しさのあまりガッツポーズしそうになったけど土方くんの手前、恥ずかしいので抑える。彼は一瞬ポカンとしていたが、こちらの言葉の真意を理解した頃には、いつもの涼しげな表情に戻っている。
「靴箱で待ってる」
そう告げて、土方くんはわたしの横をするりと通り過ぎる。ふわりとした煙草の匂いに鼻腔をくすぐられた。
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