01
次の日、登校すると土方親衛隊に白い目で見られた。それに沖田親衛隊のものもプラスされていた。
思い当たる節があるのでどうにもできず、それを避けながら自分の教室へ向かう。
朝から気疲れしながら教室に入ると、ともちゃんの隣に沖田くんが座っていた。とりあえず1回、退出した。ーーーあれ? なんか今、沖田くんいなかった?
しばらく考え込んでから再チャレンジしたら、やっぱりともちゃんの隣に沖田くんがいた。信じきれずにその空間から再度リタイアする。
「…疲れてんのかな」
「オイ」
「ぎゃあ!」
急に頭上から声が降ってきて、驚きのあまり変な声がでた。そこにいたのは土方くんだった。迷うことなくその教室にコンティニューする。
「なにやってんでィ」
「あっ! おはよーななこ」
ともちゃんと沖田くんは、ふたりでお菓子を食べながら仲良く談笑している。
いつの間に知り合ったの? どうしたら、そんなに馴染むことになるの?
湧き上がる疑問を、いつぶつけようかタイミングを見計らっていると、背後に気配を感じた。後ろを振り返らずとも、その人物に心当たりがある。
そっと振り返ると、やっぱり。眉間に皺を寄せた土方くんが立っていた。これは一体どういう状況なのか、誰か説明してくれませんかね。
「あと1ヶ月で文化祭でしょ? それのカップルダービーのこと話してたんだあ」
カップルダービーと聞いて、はて、と首を傾げた。
いや、カップルダービーが何かはわかる。この銀魂高校創立から続く文化祭のメインイベントで、簡単にいうと学内一の美男美女カップルを投票で決めよう! という催し物だ。
この目で実際に見たことはないが、相当な盛り上がりを見せるらしい。
「あ、あーね! ともちゃんと沖田くん、ペアででるんだ? いいじゃん、投票するよ!」
「うーん、半分あたりで半分はずれ」
にっこりと笑うともちゃんに、口の端を持ち上げて嫌な笑みを浮かべる沖田くん。なんだか複雑な表情の土方くん。
「ななこは土方くんと一緒にでるのよ」
「…えっ?」
「ななこと土方くんも参加するの」
「…はいっ?」
「わたしは何回でも言うわよ」
「優しいや。俺なら縛り上げてロウソクかムチだな。そこは選ばせてやらァ」
「すんまっせんしたあ!」
ふたりの満面の笑みの裏側に、何か黒いものを感じて条件反射で謝った。
なるほど、土方くんの複雑な表情の理由はこれか。すみません、わたしとなんて。…じゃなくて!
「無理だよ! わたしの顔と体型、よく見てから言ってよ!」
「ああ、デブス」
「なに言ってんの! ななこは可愛くなったの! ちょっとぽっちゃりは否めないけど!」
「そこは否めてやれよ」
ダメだ、このコンビに一言うと十で返ってくる。口では勝てる気がしない。しかも彼らの言葉の大半がわたしの心をえぐっていくとはどういうことだ。
空気を決め込んでいる土方くんを振り返る。彼はすでにこちらを見ていたのか、ばっちり目が合った。
「土方くんはいいの? もっと美女と出場したほうが優勝はかたいと思うんだけど」
土方くんは「ああ」と小さく言ったきり、その複雑そうな表情で空気を貫いていた。いや、そんな意思の強さ今いらないから。
いかにも楽しさを醸し出すふたりに、空気と化した土方くん。場違いのフォルムのわたし。状況を整理し、事態を把握した。
今まで触れてこなかったが、実はともちゃんはかなり見た目がいいのである。
二重まぶたのぱっちりとした目に荒れのない肌。パーツパーツは結構整っていて、なおかつよく笑う。栗色の髪に緩くパーマをあてて、可愛い女の子の定義がこれでもかと詰め込んだともちゃんは、よく男子の視線を集めている。
実際は、R指定のハードなエロゲーをプレイしてほくそ笑んでるコアなゲーマーだけど。
友人関係を広げないのも彼氏を作らないのも、自分の時間が削られてゲームのプレイ時間が減るのが困るからだそうだ。ゲームにかける情熱の熱さが違う。
土方くんと沖田くんは言わずもがな、モテる。そしてわたし、非モテ。付加価値、ぽっちゃりソフトぶす。
いやいや、ダメじゃん! これダメなやつじゃん!
「無理だよ! わたしそんなの出ないからね! 笑われるだけだからね!」
必死に抗議してみたが、沖田くんに軽く一蹴された。
「もう参加用紙は提出してありやす。土方七瀬ペアで」
「えええ」
「嫌なら当日にエスケープしな。文化祭まではとりあえず出るってことで通しなせェ」
「…今から出ないじゃダメなんですか」
「俺らの目的はカップルダービーに出ることじゃねえ。文化祭当日まで、あんたらには女除けになってほしいんでィ」
その言葉に、ようやく彼らの真意を理解した。どうせこのイケてるメンズたちのことだ。可愛い女の子たちから"一緒に出ませんかー"とたくさんのお誘いがくるのだろう。
それらを手っ取り早く断るのには”もう一緒に出る相手決まってるから”それに尽きる。
「それなら同じクラスの女の子じゃダメなの? Z組には綺麗な人多いって噂だけど…」
「志村の姐さんは近藤さんからの猛アプローチ受けてっし、チャイナは生理的に無理なんでィ。あのドMの眼鏡なら考えねえこともねえけど、アイツは銀八に首ったけなんで。その他はパッとしねえ。特にハム子とか金積まれても無理ですねィ」
誰ひとりとして、沖田くんの口から出る名前から顔が浮かばなかったが、ハム子さんには心の中でそっと手を合わせておいた。
「…土方くんはそれでいいの?」
一言も話さなくなった土方くんを振り返る。相変わらず複雑そうな表情でじっとこちらを見ていて「そうだな」と肯定のような、返事になってないような言葉が返ってきた。
そんな彼にどうにも不信感が募る。
あのとき、自分を奮い立たせてくれた強い瞳はどこへ行ったんだろう。
自身を見つめ直させた、あの気だるげな荒んだ目とはまた違う。そのなんとも表現し難い眼差しに、わたしはただ首を傾げることしかできなかった。
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