コズミックガール | ナノ

06

「いやいや、教室まで送ってもらったときに渡せばよかったと思うよ。親衛隊にあれだけ見せ付けたあとなのに、更に教室まで届けに行くなんてチャレンジャーすぎる。もう感服する」

 ともちゃんは満面の笑みで、息継ぎもそこそこにそう言った。わたしはというと、目の前が真っ暗になるというものを初めて体験した。

「…まあ、いいんじゃない? どうせならガンガン仲良くなっちゃいなって」
「他人事だからそんな軽く言えるんじゃん!」
「あーごめん、それは否定できない」

 終始、楽しそうな笑みを浮かべる彼女に、わたしは小さく息を吐く。

 決戦の時がきた。

 6限全ての授業が終わり、生徒はそれぞれ部活に向かったり帰宅したりしていく。
 3年生で元より帰宅部だった自分は帰るだけなのだが、今日はそうはしない。全力で帰りたいことに間違いはないが。

「がんばっといでー! わたしは帰るけど!」

 ともちゃんは相変わらず他人事だった。そんな彼女に手を振られながら、持参した紙袋片手に廊下に立つ。情けないが、膝が震えた。

 土方くんの在籍するZ組は我々のクラスがある2階、その一番奥の教室だ。対して自分の在籍するA組は、Z組の教室の正反対に位置する。
 そして1番の問題点はA組の前の、廊下を挟んだそこに生徒たちがメインで使用する階段があるということ。

 放課後にA組の生徒がZ組の教室に行くには、帰宅ラッシュの波に逆らわないといけない。
 それだけならまだ日常的に見られることではある。ほら、クラスの違う仲の良い人と一緒に帰るとか。

 問題はその行く先だ。異次元と呼ばれるZ組へ向かう、というのが大変稀なケースなのである。…あ、親衛隊の方々を除く。

 だけど土方くんはこちらに来てくれた。いつかは返さなきゃいけないこのシャツを渡す道は、自分でこじ開けていかねばならない。そう決心してシャツの入った紙袋を握りしめる。

 昼間のことがあったからか、女子生徒の視線をちらほら浴びた。それに耐えつつ、人の流れに逆らう。なんとかZ組の教室までたどり着き、その扉の前に立った。
 深呼吸してから、半分ほど開いている扉から中の様子を確認する。目当ての人物の姿を探した。

「邪魔」
「わあ!」

 背後から急に声が聞こえた。それはわりと近く、驚いて大声を上げてしまった。
 勢いよく振り返ると、これまた有名人が立っていた。

「す、すみません!!!」
「声でっけーな」
「あ、ごめんなさい…」

 そこにいたのは沖田総悟くんだった。綺麗な顔を歪ませて、訝しげな瞳でじっと見られることに、こちらはいたたまれなくなった。
 すみません、こんなのがチョロチョロしてまして。

 どうしようかとあたふたしていたら沖田くんの口から「こんなとこで何してんでさァ」と一番振ってほしかった話題が出た。
 これ幸いと、噂通りのイケてるメンズに土方くんのことを尋ねる。

「あァ…アイツなら教壇の真ん前にいやす」
「あ、ありがとうございます…!」

 再度、教室の中を覗くとその言葉通り、最前列に見覚えのある後ろ姿を発見できた。人の疎らなこのクラスならなんとかシャツを返せそうだ。
 頭を下げてから一歩を踏み出すと、襟首がギュッと締まった。

「待ちなせェ」
「ぐえっ」
「出すならもうちょっと色気のある声だしな」

 振り返ると、制服の襟を引っ張られていた。そのせいでひしゃげたカエルみたいな声を出してしまったけど、それはこっちのせいじゃないと思う。

「あんた、名前は?」
「えっ? …えー、と、七瀬ですけど…」

 引っ張られているのは苦しく、渋々沖田くんの側へ寄るとようやく手を離してくれた。
 綺麗な赤茶色の瞳を見上げると「なんでィ」と、さもこちらが引き止めたみたいな反応をされた。いやいやいや、あなたが引き止めたんですよ。

「あんた、昼間に土方と歩いてたよな?」

 そう言い終わるやいなや、にやりと上がる彼の口角に、何だか嫌な予感がした。
 なんだろう…普段は全く当てにならない自分の第六感目が、今度こそ仕事してますと言わんばかりに警鐘を鳴らしている。

 じり、と靴の裏を擦って後ずさる。そんなとき自分の頭上から「なにやってんだよ」と低い声がした。顔だけを上向けて確認すると、こちらを見下ろす土方くんの顔が思った以上に近くにあった。
 いつの間にか、自分のすぐ後ろに土方くんが立っていたのだ。思わず悲鳴を上げそうになったがなんとか耐える。

 距離の近さに驚いて、わたしは土方くんへ向き直りながら背後へ退いた。すると、ドン、とぶつかってしまった。
 「わ!」と声を上げてしまいながら振り返ると、こっちにもイケメンが立っていた。しかも互いの体と頬がぶつかるぐらいの近い距離だったから、彫刻ばりの美少年の顔が数センチの距離にあり、石化してしまうのは不可避だった。

 沖田くんはわたしなんか気にも止めず、土方くんのほうを見ながらチッと舌打ちをした。それを受けた土方くんの眉間に深いシワが刻まれる。
 もしかしてこのふたり、仲悪いんじゃ…。漂う険悪な空気に、第三者である自分だけが顔を青くしている。

 そこでようやく、自分の目的を思い出す。そうだ、このシャツ返して逃げよう!
 睨み合う彼らに板挟みの状態だったため、ふたりの間に漂い続ける重みある雰囲気に圧倒されていたが、ちょうどわたしは土方くんのほうを向いている。手を伸ばすだけでこの紙袋を手渡すことができるはずだ。
 そうと決まれば彼を見上げ、その名を呼ぼうと口を開く。

「ひ、ひじか、たぁぁ!?」

 その瞬間、背後から肩をガッチリ抱きかかえられた。驚きのあまり「うぎゃあ!」と可愛くない悲鳴を上げた。
 自分の後ろにいるのは沖田くんに違いなく、そんなに背の高くない彼の綺麗な顔がまた数センチ横にあることがすんなり予想できた。だから咄嗟にそちらとは反対方向を向いたのに、「どっち向いてんでィ」と顎を鷲掴みされ、力づくで振り向かされる。
 息がかかるんじゃないかと考えてしまうぐらい近くにある、土方くんとはまた種類の違う美麗な顔に思わず息を止めた。

「オイ! なにやってんだ総悟!」

 顔も見ずに聞いた声は、心なしか焦っているようなものに感じられた。
 わたしが鼻血を出そうとも平然としていた土方くんが、何をそうなる必要があるのだろうと少し笑ってしまった。

 わたしの顔を見た沖田くんはピタリと動きを止める。ワンテンポ置いて彼はおもむろに、まさかの耳元で小さく囁く。
 こちらは理解し難いセリフを聞いて、フリーズすることしかできない。

 ガシャン、と聞き慣れない機械音が響く。音の出処は自分のすぐ側だった。
 どこから出したのか、美青年が顔に似合わない、どでかいバズーカを握っている。

「隙ありーっと」

 躊躇なんてなかった。どかーん! と耳をつんざく爆発音は周囲を巻き込んで、その張本人は涼しい顔をして去っていく。

「なんだ!?」
「またZ組かよ!!」

 周りの生徒たちはどよめき、おののき、足早に帰宅していく。自分もその一員になりたい。
 だけど焦げた床の上にて、ぴくぴく痙攣しながらひれ伏す屍に、震える手で持つシャツを返却しなければ。

「生きてる!? 土方くん死んでないよね!?」

 ぷすぷすと黒い煙を上げる土方くんに近づくと、まるで何事もなかったかのようにむくりと起き上がって「…よう」と挨拶された。
 髪の毛がちりちりアフロヘアーになった彼もイケメンなことに変わりがなく、顔面偏差値高ェ…! と感動した。そのまま普通に振る舞われては、動揺しながらも合わせるしかない。

「これ、シャツ返しにきたんだけど…」

 少し角のヘコんだ紙袋を受け取りながら、じっとこちらを見てくる土方くん。
 そうも視線を注がれる意味がわからず、かといって彼の目を見つめ返すこともできずに戸惑った。

「…お前、アイツと知り合いなのかよ」
「えっ? アイツって…沖田くん?」

 そんなわけがない。Z組の人となんて接点がないし、沖田くんもたまたま鉢合わせただけ、とんでもない巻き込み事故に遭ってしまっただけだ。
 だからその通り、違うよと言おうとしたのに、土方くんは眉間に皺を寄せて、少し口をへの字に曲げていた。その表情は小さい子がむくれているみたいだった。

 なんか、可愛い。

 そう思ったと同時に、沖田くんの言葉が脳内で反芻される。



 "土方コノヤローが女に興味示すのなんか初めて見た。ブス専もいいとこでさァ"

 喜んでいいのか泣いていいのかわからなかった。

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