05
前を歩く土方くんは女子生徒の注目の的だ。一緒に歩いていると思われないよう、あさっての方向を見ながら斜め後ろを着いていく。
「急に悪いな」
「…あ、だいじょうぶ、です…」
なのに、土方くんは顔だけで振り向いたかと思うとあまつさえこちらに話しかけてきた。最後は歩く速度を落として隣に並んでくれた。
優しさがこれほど強烈な追い打ちとなるとは…周りからの突き刺すような視線が痛い。
「結局敬語なんだな」
「えっ! だって恐れ多いですし…」
「恐れも何も鼻血かけたかけられたの仲だろ」
「ぐああ! すみません!」
「声でけえ」
周りの視線に気づいていないのか、口の端を上げてきゅっと目を細めた土方くん。小さくだったけどそれはもう綺麗に、なおかつ格好良いその笑みに周囲の女子は色めき立つ。
すなわち、わたしがその反動からくる嫉妬を背負うことになると気づいてほしい。
連れてこられたのは中庭だった。お弁当を広げる生徒の姿がちらほら見える。主にカップルだったことには目を背けた。
こちらに差し出された手には、小さめの紙袋が握られていた。土方くんがそんなものを持っていたことに全く気付かなかったほど、自分は緊張していた。
紙袋の中には綺麗に折り畳まれたシャツと、可愛らしく包装された小袋がひとつ入っていた。
「このシャツ借りたってことと、ケーキご馳走になったって言ったら持ってけって」
なんだっけ、と同じように紙袋の中を覗き込む顔の近さに、思わずドキドキした。
思わぬプレゼントをじっと見ていたら、なんとなく覚えがあることに気がついた。
「あ! クッキーだ」
「わかんのかよ」
「うん、駅前にあるケーキ屋さんの…結構有名みたいです。美味しいって」
いつだったか。妹と出かけた時、駅前のケーキ屋に休憩がてら立ち寄った。イートインスペースが空いていたので、たまにはご褒美とそこでケーキを食べたのだ。
お金を支払おうとしたら、可愛らしい小袋がレジの近くに置かれていたのを発見した。買おうか悩んだのは記憶に新しい。結局、ダイエット中だからこれ以上はやめておこうと購入は諦めてしまったけれど。
「甘いの嫌いじゃねえよな?」
「え? う、うん…好きだけど…貰えないです…あのときはわたしが助けてもらったんだし」
土方くんに貸したシャツも母が嬉々として出してたケーキも、元を正せばわたしが土方くんのイケメン度合いの高さに耐え兼ねた挙句、鼻血をぶっ放して彼のシャツを汚してしまったからだ。
お礼のお礼なんて変な話だし、と辞退を試みたが「お前にらしいから俺は持って帰らねえぞ」の一言でこちらが折れることとなった。
「えーと…じゃあ、ありがとうございます」
有難く頂戴しながら、土方くんを見上げる。するとタイミング良く、ぱちりと目が合ってしまった。
気恥ずかしくなってすぐ逸らしてしまったが、気まずさには繋がらないよう、すぐに会話の糸口を探す。
「ご、ごめんね…わたしが鼻血だしたせいで…」
「確かに、マジで血の海だった」
「え!? そんな酷かったっけ!?」
予想もしていなかった返答に、逸らしていた視線を戻す。大きな手は握りこぶしを作り、土方くんは口元を隠してしまったけど、わたしは気づいていた。
彼の口角が僅かに持ち上がっていたことに。
これはもしや、笑われている…?
「お前おもしれえな。ネタが尽きねえ感じ」
「…有難きお言葉」
「ってかやめろよ、そんな硬い喋り方」
「な、なんか頭が上がらなくて…」
「そんな重てえ頭かよ」
遠慮なく、ズバッと心を切り裂く鋭利な言葉。思わず左胸を押さえて「うっ…」と呻く。
確かに振ったらカランカランと音が鳴りそうなぐらい、ちっぽけな脳みそしか入っていない頭だけど…なかなか辛辣。
「もっと普通にしろよ。なんか良い気しねえ」
「そ、そう?」
「おう、そうだ」
言い切られては従うしかないと感じたが、上手く話せる自信はない。だけどそうしない理由もない。
だから「わかった」と返事をすると、土方くんは満足そうに頷いた。
「わりいな、付き合わせて。さすがに知らねえクラスの中で渡すのは気ィ引けた」
「ううん、こちらこそありがとう」
「ご家族の方にもよろしく言っといてくれ」
「いやいや…あんな変なもてなし方でごめんね…」
「何がだよ。いい親御さんだったぞ」
再び小さい笑みを浮かべる土方くんに感謝しかなかった。ホント、家族総出ですみませんでした。
要件が済み、会話が途切れる。「そろそろ行くか」と放られた提案を、ふたつ返事で承諾した。
行きと同じく、大きな背中に着いて歩く。土方くんはまた、緩やかにスピードを落として隣に並んでくれた。
何なのその優しさ。心臓ぶち抜かれっぱなしでしんどいんですけど。そう思う反面、こんな自分でも人生なにがあるかわからないものだなあと感嘆する。
「…あっ」
「あ?」
にやける口元と戦っていたら、自分もシャツを返さないといけないことを思い出した。
急に声を上げたわたしを不思議そうに見下ろす土方くんに、紙袋を掲げて見せる。
「わたしも土方くんのシャツ返さなきゃって思って…」
「ああ…まあいつでも構わねえから」
そうこうしていたら自分のクラスの教室にたどり着き、扉の前で土方くんを見送った。周りの視線に耐えながらくるりと踵を返して、ふと考える。
ということは、わたしも彼を訪ねないといけないんですね? あの親衛隊の目をかいくぐって、あの土方くんに?
…ちょっと待って、嘘でしょ。
prev next