コズミックガール | ナノ

04

「う、うわあぁぁぁ…!」
「びっ、くりしたあ、急に悶えるのやめてよ。最近変だけど、なんかあったの?」

 目の前で怪訝な顔をするともちゃんに構わず、机に頭を打ち付けた。


 急にフラッシュバックする光景は決まってる。先日、神がかったイケメンの前で鼻血を出したことだ。
 いや、出したなんて優しいもんじゃない。噴射した。そして恥ずかしさと彼に対する萌えとが交錯した挙げ句、その場に膝から崩れ落ちてしまったのだ。

 焦った様子の土方くんは、羽織っていたシャツで血まみれであろう顔を拭ってくれた。そしてわたしが提げていたスーパーの袋と鞄を持ってくれたのである。
 すみません、と蚊の鳴くような声で言うのが精一杯だった。顔は上げられない。そんなこちらの心境を知るわけもない彼はとんでもない行動に出る。

「家こっちか?」
「…っえ、ちょ、待っ…!?」

 不意に肩に手が回る。触れられたことに驚いたのも束の間、土方くんが腰を落としたのでぐっと縮まる距離。
 反射で後ずさろうにも、がっちり肩をホールドされておりできなかった。目線を下げていたので、自分の膝の裏に腕を突っ込まれるのをばっちり見てしまう。
 重力に逆らって、自分の体が宙に浮いた。これは、抱き上げられている。そう理解するのに時間はいらなかった。しかもこれは…まさかの姫抱き。

「あ、ああ歩けるから! 大丈夫だから!」
「血まみれで歩く気かよ。顔隠してろ」
「シャツ! 汚しちゃう!」
「もう汚れてるし気にしてねえから黙ってろ」

 ずんずん歩を進める土方くん。その言葉に従って口を閉じる。恥ずかしいやら申し訳ないやらでうまく話せないので都合が良かった。手元にあるシャツで顔を覆う。
 顔が熱くて仕方ない。たぶん耳まで真っ赤になってると思う。鼻から下は本当に文字通り、真っ赤なのだけれど。

 家に着くまでの時間が本当に長く感じられた。ようやくその前までやってきた頃には、何もしていないのにヘトヘトだった。
 わたしを家の中まで連れて行ってくれようとする土方くんを必死で止めた。何とか外で降ろしてもらって謝ろうと口を開いた瞬間、玄関が開いて「何騒いでるの?」とお母さんが出てきた。
 わたしの顔を見てカッと勢いよく目を見開いていたが、次の瞬間には土方くんを見て、頬をピンク色に染めていた。いやいや、娘の心配してよ。

 とりあえず事情を説明した。お母さんの強い押しによって、土方くんには汚れたシャツの代わりにお父さんのものを着てもらったが、それはそれで恥ずかしかった。
 中年のおっさんのシャツなんて本当申し訳ない。それでも似合うこの人すごい。
 また訪れた押し問答の結果、汚れたのは洗ってから後日返すことになった。ここでもやはりお母さんは強かった。

 服を貸すために家に上がってもらったが、土方くんを見る、母と妹の女の顔ほどキツイものはなかった。
 家のどこに置いてあったのか知らないが、見たこともないオシャレなカップに名前が横文字のティーを注いでケーキを差し出す、そんな母親と妹を見てここは本当に自分の家なのかと疑った。

 なんとも(わたしだけが)気まずい雰囲気の中で土方くんにお礼を言って、玄関までお見送りする。もちろん家族総出で。

「ケーキごちそうさんでした」

 そう言いながら会釈する、非の打ち所がないイケメンはうちの家族の心をガッチリ掴んだらしい。土方くんの帰宅後、お母さんと妹が狂喜乱舞してた。
 いつの間にか帰ってきてたお父さんはボソッと「いい男じゃないか」と呟いていた。

 ああ、もう。わたしの馬鹿。


 そんな夢みたいな本当の出来事を、きらきらした目で見てくるともちゃんに話すと大爆笑された。「お腹痛いぃ〜!」なんて言いながら笑いまくる彼女には、お昼休憩だったせいで好奇の視線が集まる。
 クラスメイトにこれ以上、変なイメージを持たれたくないので、彼女をなんとか落ち着かせたが、未だ涙目で、浮かんでいる表情は心底楽しそうなもののままだ。

「そっかあ。じゃあななこが変わりたいって思ったの、土方くんのおかげだったんだね。なにそれどこの少女漫画!」
「わたしも思ったけどさあ、主人公の女の子みたいに可愛くなれない自分にびっくりだよ」
「いいじゃんラブコメで。いやあでもまさかあの人とそんな仲だったなんてねえ、バレたら命なんてないね」
「うっ…やっぱりそう思う?」

 実はあの事件のときに拝借した、惨劇のあとみたいなシャツはもう綺麗に洗濯済みだ。
 お母さんがすっごく楽しそうに染み抜きしていた姿が忘れられない。

 一応、持ってきてはいるが、親衛隊が怖くて土方くんに渡せずじまいだった。
 ともちゃんに話しついでに、シャツをどう返したらいいか相談してみた。たが親衛隊から被害を被らないことを最優先に考えたなら、ふたり揃っても下駄箱に入れるという案しか浮かばなかった。

 でも助けてもらったのにそれはあまりに失礼じゃないだろうか?

 うんうん悩んでいるわたしを見ながらともちゃんは終始楽しそうに笑っている。

「いいねえ、青春だねえ」

 そんなとき、わっと教室内で歓声が上がった。艶めかしさを含んだその声を上げたのは、主に扉付近の女子生徒だった。
 何事かとそちらを見ると、女の子が囲むその中央に頭ひとつ抜きん出た男子が立っている。よく見なくともそれが土方くんであることはすぐにわかった。

 なんでこんなところにあの人が?

 目眩がしたそんなとき、こちらを射抜くような鋭い目つきと目が合う。反射的に顔を逸らして前を見ると、ともちゃんは顔をにやつかせていた。

「おい」

 低くてよく通る声は誰かを呼んでいる。今だけはそちらを向きたくはない。教室中が、突如やってきた有名人の目当ての人物を探す。だが誰も彼の元へ寄らないので、ちらりと目だけでそちらを確認してみる。
 土方くんは確実にこちらを見ていた。名前を呼ばれずとも自分であることは間違いない。

「ちょっといいか」

 顎をくいっと動かして、ついてこいと動作だけで指示された。踏み出す足が震える。わたしが近寄るのを目視して、土方くんは踵を返す。大きい背中が離れないように後ろを着いていく。
 教室から出たら後ろでまた、ワッと声が上がった。それを聞きながら人の切れ間を縫い進んでいるうちに、廊下にいた彼の親衛隊の方々と目が合う。

 終わった。わたしの人生これまでだ。自然とそう思えた。

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