コズミックガール | ナノ

02

 夏も終わり、秋の初め。昼間は暑いけれど、朝夕は少し肌寒さを感じるようになってきた。教室の掃除当番だったためガタガタやっていたら、唐突に担任に声かけられるなど色々していたら遅くなってしまった。
 ぴゅうっと風の吹く中、帰路につきながらふと土方くんのことを考えた。彼にきちんと、できれば直接お礼を言いたいという願望が日に日に強くなっていく。
 親衛隊の方々の存在が圧倒的すぎてそれはまだ叶っていないけど、いつかそうできるといいな…。

 土方くんの側に寄れるチャンスがないか考えてみたことはある。ひとつだけ可能性があるにはあるけど…どうだろう。
 それは最後の行事である、11月に行われる文化祭だ。バレンタインや卒業式は、恐らく近付くことすらできない。最初からやめておいたほうがいいに決まっている。
 せめてあの日ならいろんな人が校舎内をうろうろしているし、隙みてお礼を言って親衛隊に見つかる前に逃げればいい。

 ちょうど考えがまとまったとき、ポケットに入れていた携帯が震えた。画面を確認するとお母さんからのメールを受信していた。
 “帰りに牛乳と食パン買ってきて”
 そんな装飾のないシンプルな文を見て、肩を落とす。自分の家、もう見えてるんですけど。

 それでも最近のことを考えたら、自然と近くのスーパーに足が向いた。お目当ての商品を見つけ、買い物かごに放り込む。
 そういえば妹が「もうすぐコットンなくなるー!」と言っていたし、ついでに買って行ってやろう。

 しばらく店内を徘徊していると、なんとも見覚えのある後ろ姿を発見した。
 思わず足を止めて、その背中を見つめてしまう。するとあろうことか、それがくるりと振り返った。

 ばちりと目が合う。逸らすタイミングを無くしていると、それは向こうも同じだったらしい。無言のまま見つめ合う。
 周りの人にジロジロと見られ始めたところで羞恥心の方が勝り、意を決して会釈した。

「…お前、あのときの?」
「あ…そ、その節は! 大変お世話になりました!!」

 まさか声をかけてもらえるとは思っていなかったので、焦りながら返事をする。そのついでにお礼も言ったが思いのほか大きな声が出た。

「声でけーよ」

 そう言いながら、その人はこちらを上から下まで眺めた。そして一考。

「…なんか、見違えたな」
「え! ほんとですか!?」

 そう言う彼、絶賛リスペクト中の土方くんは「おう」と短く返事した。
 こんなところで会うなんてびっくりだ。しかもそんなお言葉までいただけるなんて…。うれしくなって自然と口元が緩む。

「もう済んだのか?」
「あ、はい、後はお会計…」
「俺も。レジ行くか」

 サッと隣に並ぶ土方くんにいささか動揺した。わたしなんかが隣を歩いていいものかと戸惑って、その場に立ち止まってしまう。
 それに気付いたのか、彼は振り返って「何やってんだよ。置いてくぞ」と困り顔で、ゲーム顔負けの胸キュンワードをぶちかましてきた。
 う、と胸を押さえてしまうほど心臓が痛くなった。慌ててついて行ったが、顔を上げられない。

 途中、何度か盗み見た横顔はやっぱり綺麗で、お買い物中のおばさま方の視線を片っ端から集めている。
 そりゃあそうか…ジーンズにシャツ、足元はスニーカーと至ってシンプルな格好なのに、持ち前のスタイルの良さでとてもオシャレに仕上がっている。カゴ持って歩く様ですらも本当にかっこいい。
 自分がよく読んでいた、少女漫画の中から出てきたみたいだった。背景に、勝手にバラの花が見えてしまう。

 そんな人と肩を並べているので、当然自分も見られてしまう。
 変なふうに思われてないといいけど…などと心配しているのはわたしだけのようで、彼はこちらに歩調を合わせてくれていた。

 とりあえずこのスーパーから早く出よう。突き刺さる視線が辛い。


 清算を済ませて商品を詰めようとサッカー台に向かうと、なんと先にお会計を終えていた土方くんが待っていてくれた。
 相手がイケメンなだけに、その行動ひとつに対する自分の動悸がすごい。

 そのままふたりでスーパーを出ると、空はもう薄墨色に染まっていた。
 ここに来たときはまだそうでもなかったのに、日の短さと季節の移り変わりを実感する。

「お前、家は?」
「えっ、あ、あります!」
「…ちげーよ。どっちの方向に帰るか聞いてんだ」

 少し呆れたように、それも小さくだったが確かに笑った。それを見ただけで息が詰まった。
 自分の体にリアルなイケメンは少々毒であるらしい。そんな悲しい現実を痛感しながら帰る方向を指差すと、土方くんはそちらへ向いて歩き出した。

「えっ、ちょっ、なんでそっち!?」
「早くしねーとほってくぞ」

 今まで大した会話したことないただの顔見知りに、さらりとそう言ってのける器の大きさに感動した。また、向けられる不器用な優しさに嬉しさを通り越してなんだか泣きそうになってくる。
 わたし、明日死ぬのかな。そんな縁起でもないことを考えた。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -