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「罪滅ぼしのつもりならやめてくだせェ」

 俺を睨む総悟はどこか悲しそうだった。コイツがそんなことを言う理由は手に取るようにわかる。

 この屯所にやってきた七瀬はアイツによく似ていた。特に笑った顔は、アイツが生き返ったんじゃないかと錯覚するほどにだ。

「そんなんじゃねえよ」
「ななこさんを通してあの人を見てるのはバレバレですぜ?」
「…確かに、よく似てやがんなァ」

 体の弱さ故か床に伏せていることの多かったアイツを置いて江戸へ出てきたのは、アイツを思ってのことだった。また、いつも生と死の狭間を生き抜く自分についてくるよりももっと幸せな道があるはずだと、そう考えた結果だったのに。

 今となってはどれが正解だったのかもわからない。



 七瀬は確かにアイツ、ーーーミツバによく似ている。だがそれは顔だけで、性格や趣向なんかは似ても似つかない。
 激辛せんべいがうまいと言う少しズレた味覚のアイツと違って、甘いお菓子類、例えば団子や生クリームの乗ったケーキなど。それらが大好きなようだった。差し入れるととびきりの笑みを浮かべて甘味を頬張る彼女は、ミツバとは全然違う…ひとりの女だった。

 正直なところ、時折見せる似た雰囲気に戸惑いはした。だが接するうちに次第にそれらは感じなくなり、七瀬ななこという彼女本人と話しているのが楽しく感じていた。
 それだけはホントの話だ。最初こそ懐かしんだ。それは謝らねばなるまい。それでも誰になんと言われようと、アイツ本人に惹かれていたことだけは事実だった。



 夜に縁側で煙草をふかしていると、たまに風呂上がりの七瀬と出会う。少し濡れた髪をまとめ上げ、頬を少し上気させている彼女は目が合うと綺麗に笑った。
 線の細い華奢な体が、闇夜の中で儚げに映る。なんだか彼女まで消えてしまいそうで、切なさを覚えた。

 このどうにもならない気持ちは彼女との時間を重ねるごとに大きくなっていく。だがそれは良心の呵責に堪えない。
 俺と一緒にいると、彼女はいつか俺の過去を知ることになるだろう。もちろんミツバの存在もだ。そこで打ち明けられる現実を彼女は受け入れてくれるだろうか。


 そうして足踏みをしていた自分が悪いのはわかっている。
 手を伸ばせば触れられる距離で、今日も七瀬はいつもと変わらずとても綺麗に微笑んでいた。

「副長さん、わたしね、結婚することになったんです」

 団子を頬張りながら唐突にそう言った七瀬に、俺は動揺を隠せなかった。ひゅ、と喉が鳴ったが、どうやらそれには気付かなかったらしい彼女は言葉を続ける。

「この前のことなんですけど、お財布を落として立ち往生してたところを助けて頂いて…お礼をしたくて連絡先を聞いたんです。何度かやり取りしてご飯をご一緒したりするようになって、彼のほうから結婚を前提にお付き合いをって言われちゃいました」
「…それで、そんなすぐに結婚すんのか」
「とっても良い方なんです。自分にはもったいないくらい。もう女としての幸せ掴みにいこうかなって」

 湯のみに手をやって水分を口に含む。そうしてもすぐにカラカラに乾いていく。

「今までありがとうございました。短い間でしたけど本当に楽しかったです」

 彼女も同じように湯のみを手に持って口をつけた。その左手の薬指に指輪が光っていることに今になって気がつく。



 俺と、とは言えなかった。幸せにしてやれる自信がなかった。今もうすでにこんなにも幸せそうに笑う彼女を、一体なにをどうすれば自分の物にできるというのだ。

「ここは辞めるのか」
「はい、京へ引っ越すので」
「そう、か…幸せに、なれよ」

 俺はちゃんと笑っているだろうか。

「はい、ありがとうございます」

 そう言う彼女の目から一筋の雫が流れる。その理由を聞く権利も、拭ってやれる手すらも俺は持ち合わせていない。

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