第三話 1-2

 がやがやと騒がしい店内。その一角の座敷に上がり、低いテーブルを挟んで対面でカカシと向かい合うイルカはどこか落ち着かないでいた。

 互いに成人しているし酒でもソフトドリンクでも何でも揃う、割とお手頃な価格帯の居酒屋をチョイスしたが、イルカにはそれが正解だったのかももうわからなくなっている。
 客層が若く、決して落ち着いた雰囲気ではないそこにカカシの存在が似合わないと彼は感じていたからでもあった。

 メニューに視線を落とす姿をチラリと盗み見て、同じようにそうする。明日もアカデミーの講師として勤務しなければならないし、もし相手が酒を飲むならほどほどに付き合わなければならないな…とイルカは考えていた。
 カカシは落ち着いた様子で対面に座る男性に問うた。「何します?」と。イルカは元より、自分より幾分か年上の、上司とも先輩とも分類し難い彼に合わせるつもりでいたので、曖昧な返事をしてしまう。

「カカシさん、明日仕事は…」

 最後まで言わずとも勘のいい男は「ああ」と漏らす。

「明日は非番です」
「あ、そうでしたか」
「そう言うイルカさんは仕事でしょう」
「はは…実はそうでして」

 だからアルコールは、と続けるつもりだったがカカシが目だけでにこりと笑うのを見て言葉に詰まる。

「ま、それなら控えめにしましょうか」

 その後に「俺はビールで」と言うのに「同じものを…」と右に倣(なら)ってしまったのは、イルカが年功序列を気にしてしまうタイプだったからだろう。

 運ばれてくる酒とつきだしとを受け取ってカチンとジョッキの縁同士を鳴らしたあと、イルカは口内に苦味を流し込みながら固まってしまった。マスクをずり下げた男性の素顔に思わず見入ってしまったからだ。

「…何か付いてます?」
「あ、いえ! …初めて見たなあ、と」

 透明で重みのある容器をテーブルに置いたあとも思わず見つめてしまっていたから、カカシは怪訝な表情をしながら自分の頬にぺたりと触れた。
 イルカは首を振って否定してから、近くの卓につく女性がこちらに熱い視線を送ってくることに気が付く。向けられる先が自分ではないの明らかで、そうなるのも頷けるほど整っていた。
 綺麗な造形をこれまた綺麗に歪ませて、カカシは笑う。

「こうも真正面から見せたのはイルカさんが初めてでしょうねえ」

 イルカが男であることなんか関係なしに心臓をやかましくさせるほどの表情とセリフ。それを向けられた本人はつきだしを食べるふうを装って目線を落とすことしかできない。

 器の中身を箸でつまみながら、またイルカは疑問に思う。本当にこの人は何をするためにここにいるのだろうか、と。

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