その目が優しさで満ちるとき 01
「七瀬、その、大事にするから」

 そう言って、触れるだけのキスを、





 今日は家に誰もいねえから。ーーーその言葉が何を指すかすぐにわかったけど、断る理由もない。だから初めての密室内へと臆することなく足を踏み入れた。
 わたしは制服のままだったけど、彼は落ち着かないらしく半袖のTシャツにカーキ色のカーゴパンツというラフな格好に着替え、麦茶の入ったコップ片手に遅れてやってきた。
 座る場所に困って立ち尽くしていた自分を、クッションなんて来客のために備えていないらしいこの部屋の中で、唯一並んで座れるそこへ誘導した土方くんはどうも落ち着かない様子だった。


 年頃の男の子の部屋。それらしい内装で、棚には少なくない量の漫画が収納され、その側にはマガジンが毎号分積み上げられている。
 幼い頃から剣道をやっていたらしく、賞状やトロフィーがガラス張りの中に飾られていた。勉強机の上は意外と整頓されていて、使い込まれていそうなテキストが並んでいる。そんなところに不用心に卒業アルバムが混じっていた。

 他愛もない話をしながらそれを目ざとく見つけてしまったわたしは、伸ばした人差し指で指し示して、渋る彼に「見たい」と何度も懇願した。ようやく折れてくれたので本人に持ってきてもらうよりも前に腰を上げ、その角に指をかける。ス、とスライドした冊子を手に取った。
 中学生のときのものだった。今より幾分か幼い顔つきで、相変わらず仏頂面であるその瞬間を切り取られたのを見、思わずくすくす笑ってしまう。

 何とも言えない表情を浮かべながらこちらを見やる土方くんのすぐ隣に戻って腰を下ろすと、ギシ、とスプリングが軋んだ。ふたりきりの室内にそれはよく響く。
 ペラリ、ペラリと1ページずつ隅から隅まで眺めながら、文化祭、体育祭、修学旅行と自分の知らない姿を探す。土方くんも久しぶりにこれを見たのか同じように覗き込んでいた。だから、ふたりとも意図せず距離が縮まっていたんだと思う。

 トン、と軽く当たった肩にそちらを向けば、思いの外近くに横顔があった。整ったそれはいつ見ても感嘆の息をついてしまうほどだ。
 ちらりと一瞥される。小さい声で謝罪するも返事はない。

 またそこが軽く触れたのは今度は土方くんが顔を寄せてきたからだ。こうなるのは初めてではない。だからそれを素直に受け入れた。
 目を閉じたら、こちらからは何もせずとも柔らかいものが押し付けられる。一瞬ですぐに離れたけど、目を開けるとまだ近くに顔があった。いささか動揺したが、向けられる瞳を見つめ返す。

 先に逸らしたのは土方くんの方だった。俯いて、表情に影を落とすのは一体何を考えているからなのか。なんとなく察してはいるが自分から誘うのははばかられる。
 ふう、と吐き出す吐息には熱が籠もっているように思えた。「あー」と間延びした声を上げ、そのあと躊躇いがちに続ける。

「触りてえんだけど」

 良くも悪くも直球だった。呆気にとられたのも束の間で、伸びてきた手で髪に触れられる。なんの許可も出していないけど、恐らく断られるとは微塵も思っていないのだろう。
 手に持っていた重みのある冊子は取り上げられた。宙を舞い、あるページを開いたままカーペットの上に落ちる。

 髪に触れていた手はフェイスラインを滑り、顎を持ち上げられる。僅かに上を向いたことで、自分より体格のいい男性からは唇を落としやすくなったはずだ。
 離れると優しく、だけど強く抱き締められた。耳元で繰り返される荒い呼吸に、興奮が高まっていることは簡単に伝わってくる。そうしてベットの中央にそっと押し倒された。

「七瀬、その、大事にするから」

 わたしの顔の横に両手をついて、真剣な眼差しで見つめてくる土方くんはこちらの返事を待っている。ただ一回頷くのを、おあずけを食らった犬みたいに従順に焦がれているのだ。
 彼にそうされるように、わたしもその頬に触れてみた。自分の手に重ねられる手のひらはまるで壊れ物を扱うかのような、ゆっくりと丁寧なものだった。ふた周りも大きな手が少し震えているのに気づいて、思わず目を細めてしまう。

「なに笑ってんだよ」

 その瞳は濡れていて余裕がなさげで、だけど手つきと同じく優しげで…みんなから怖いと言われるあの鋭いものではない。

 この人となら。

 そう思って深く頷いた。それを見るなりホッと安心したような表情を浮かべて、そしてすぐにコホンと咳払いをひとつ。

「…俺、ちゃんと付き合ったのお前が初めてだからその…こういうのも初めてでうまくできるかわかんねえけど、」

 歯切れ悪く言うその頬は恥ずかしさからか、または緊張からなのかうっすら朱に染まっている。それを隠すように首元に埋められた。

「優しくする。怖くねえように。だからお前の全部、俺にくれよ」

 歯の浮くようなセリフもこのタイミングであれば自分の心臓の鼓動を早めるのに十分だった。ぼうっと天井を見上げていたが、鎖骨に寄せられた唇にくすぐったくなり身をよじる。

 土方くんと付き合って、今日でちょうど半年。そんな記念日にこの人と初めてセックスをする。

next
back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -