その目が宙を彷徨うとき 01
 自宅へと向かう、自分の足取りはおぼつかない。ーーーどうしてこうなってしまったんだろう。事の発端を思い返そうと必死になって考えていると、後ろから名前を呼ばれた。聞き覚えのあるその声に振り返ると退が立っていた。

「今帰り? どっか行ってたんだ?」

 にっこりと微笑む退につられてわたしも笑顔になれる。
 わたしと退は幼馴染だ。物心ついたときから一緒で、昔は泣き虫でハナタレ小僧だった少年の手を引いてよく遊んだものだ。そんな話をすると彼は恥ずかしがってすぐ話題を変えてしまうけど、わたしにとっては大切な思い出。
 地味だとか冴えないとかミントン野郎とか言われてるけど、本当の退はとっても優しくて頼り甲斐があって、わたしが辛いときにはいつも一緒にいてくれた大事な人だ。

 そして、わたしの、好きな人。



「ななこがそんなハイネックの服着てるの珍しいな」
「…イメチェン、かな?」
「ああね、そういえば土方くんとどう? 付き合って結構たつよね」

 そんな、何気ない話題に胸が痛む。順調だよ、と返事はするものの本当にそうかと自分に問う。

 ヴーヴーヴー、ーーーポケットに入れておいた携帯が振動する。数回バイブレーションして止まったので恐らくメールか何かを受信しているのだろう。確認することなく会話へと意識を戻す。

「そういえば、退こそどうなの? …たまさんと付き合ってもう1年ぐらいだっけ?」

 照れたように頬を染めて笑う退に、心の中が暗いモヤのようなもので陰っていく。醜いものを悟られないように明るく努めながら、惚気と悩み相談とを聞く。こちらへ投げかけられる言葉の、ひとつひとつが毒を持っているみたいで、鼓膜から染み込んでくる強力なそれを解毒しきることはできず、体の一番深いところで燻(くすぶ)っていく。

 わたしたちは、どこぞの少女漫画みたいに家が隣同士だ。そこまでたどり着くのにあと20分少々。…わたしは笑っていられるだろうか。

 心のない笑顔を作っていくたびに、感情が死んでいく気がした。

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