その目が宙を彷徨うとき Last
これは、罰なのだ。
好きな人の隣に並ぶことができていたのに、幼馴染という位置にあぐらをかいて座り、努力することも真摯にぶつかるということもしなかったわたしへの、
人のせいにばかりして、与えられるだけの愛と快楽を貪り、楽な方へと逃げるだけの弱い意思への、
甘い、甘い、罰なのだ。
「っ、あーイイ、ななこちゃん、最高、たまんねえ」
わたしに自身を埋めて顔を歪める先生は、目を細めて指先で首すじをなぞる。そこにはきっと高杉くんが散らした赤い痣があるはずだ。
「独占欲強いなーアイツ。まあそのうち消えるだろーけど」
唇を寄せて吸い付き、甘く痺れる痛みを寄越す先生に手を伸ばすと、答えるように荒々しいキスが降ってきた。
柔らかい銀糸に指を通す。視線を横へズラすと、先ほど外されたネックレスがシーツの波に飲まれそうになるのを発見した。
「なによそ見してんの」
至近距離で見る先生の潤んだ瞳は、熱っぽくてセクシーだ。それを見つめて、ゆっくりと動いて打ち付けられる腰に意識を集中した。
わたしの中が先生でいっぱいになっていく。体を重ねるのは2回目なのに、的確にポイントを突いてくる彼はきっとセックスが上手だ。だから何も考えないでいい。与えられる快感に浸っていればいいんだ。目の前で、扇情的に短く唸る人がそう言ったんだから。
「すぐ忘れさせてやるって。学校でも、家でも、ホテルでも、いつでも俺で満たしてやっから」
だからこの体、誰にも触らせんなよ。そう付け足して、律動を早めるその激しさに何もかもがどうでもよくなっていく。
ホテルの一室でシャワーを浴びながら、体中に散ったキスマークに触れる。高杉くんにつけられたそれらを全て上書きするように、先生はそこに濃く、同じものをつけていった。
排水口に吸い込まれる水をぼんやりと眺めていると、後ろの扉が開く。
「体、平気か?」
さっきまで見ていたはずの裸体だけど、場所が変わると気恥ずかしく思って目をそらす。頷いてシャワーを渡そうとすると背中側から抱きしめられた。
「…なんで、って思ってる?」
「うん、思ってる」
「教師と生徒なのに、とか?」
「ううん、…先生も高杉くんみたい」
「…今他の男の名前出すななこちゃんすげーわ」
フッと小さく笑った息遣いが耳元で聞こえる。おもしろいことなんて何もない。あるのは戸惑いだ。
だって、やめろよと制止した本人が剥き出しの気持ちをぶつけてきているのだから。
人に全てをやめさせておいて、その隙間に入り込もうとしている。どうしても寂しいときはと言っておいて、今そうでなくとも抱かれていた。言葉に独占欲が滲んでいる。引きずり込もうとしている。…それでも腕を引かれたら振り払えない。受け入れてしまう。大して好きでもない人の欲を受け止めてしまう。
「いちばん最初、廊下で出会ったときに思ったんだよね。あ、この子ほしーわって」
「…どうして」
「影っていうの? 胸の内になにか重てーもん抱えてそうな切ない表情がグッときた。笑ったらどんなかな、感じてる顔はどんなかなーって思って気づいたら来るとこまで来てた感じ」
「変なの」
「そりゃねーよ」
腕に籠る力が強くなる。それは苦しくて、吸い込む空気の量を減らされるみたい。息がうまくできない。
「利用しろよ、俺のこと。土方ほど気が利かねーこともねえし高杉みてーに重たすぎることもねえよ?」
先生が一体どんな表情をしているのかわからない。ただわかることと言えば、わたしはまた繰り返そうとしてるってことだけ。
絡みつく腕に力そっと触れると、それは解かれてどちらともなしに向かい合う。ずるい人だ。わたしのことをよくわかっている。最初から拒むことができていれば土方くんと付き合っていないし、沖田くんに抱かれてもいない。高杉くんから指輪なんてついたネックレスをもらうこともなかったし、坂田先生の車にも乗っていない。
「先生じゃなくて、俺の名前、呼べよ」
どうすればまた闇の中に落ちるのか、わたしはよく知っている。
「先生、帰りましょう」
にっこり微笑むわたしを見て、先生も笑った。
「なにが、ダメなわけ」
「先生の気持ち」
「…気にすんなよ」
「わたしも土方くんも高杉くんも、気持ちがあるからしんどかったの」
その言葉を聞いた彼がどう思ったかは知らない。返事の代わりにシャワーを奪い取られて、浴槽の縁に手をつかされる。後ろから覆い被さると同時に深く挿入されて意識が持っていかれる。
あ、まただ。
誰も、幸せにならないのに。
体を求められる度に、自分の心だけが深く深く、奥底に落ちていく。それを何度も救い出すことにもう疲れた。それならいっそ鍵をかけて閉じ込めてしまえばいい。鍵は流れる水とともに、排水口にでも流してしまおう。そうしたらきっと、もう誰も苦しまなくていいはず。
これが、わたしが受ける罰なのだ。好きな人に抱かれもしないわたしは、心を擦り切れさせてただ愛を欲しがる。目に見えず触れられもしないそれが、ほんとうはどんな形をしているのか、未だに知らない。(fin.)
prev