その目が宙を彷徨うとき 05
「高杉くんが言うんです。半年前、わたしにあまり連絡をくれなくなったのは今までの女の子たちを精算して、そしてバイトするためだったって」

 手に入れたい女にやるアクセサリーを親の金で買うほど落ちぶれてねェよ。

「意味がわからないんです」

 わたしたちの始まりはただの偶然だった。高杉くんの気まぐれだったに違いなかった。だからわたしは、煮え切らない想いを隠して昇華するために、その関係を利用してるだけだった。それでよかったのだ。
 連絡が途絶えて、追うこともせず、次こそは幸せにと願って繋いだ縁はボロボロですぐに切れてしまいそうで、繋ぎ止めるのに必死だった。

「わたし、どうしたらよかったんですか?」

 不意に泣きそうになった。それを必死で堪えていると、右の頬に温もりが触れる。見なくてもわかる。先生の大きな手だ。

「…俺、ななこちゃんは高杉が好きなんだと思ってたんだけどよ、その反応からして違うんだろーな」
「…あの日、わたしが廊下から何を見ていたか知ってたんですね」
「たまたまな。…でも報われねー恋を忘れるために土方と付き合ってるのは確かだろ?」
「はい、他に好きな人がいます。土方くんでも高杉くんでもない人が好きで好きで堪らないのに、叶わない」

 退はわたしを振り返らない。ーーー今になってようやく飲み込めた。わたしといたっていつも誰かを振り返っていたことを、それに気付かないフリして目を背けていたことを。わたしは、現実を受け止めたくなかった。

「…やめたら?」

 投げかけられた言葉に、思わず先生を見る。いつもヘラヘラして余裕のある目はいつになく真剣で、頬に触れていた手が頭の上に乗せられる。

「もう3年生だろ。あと少しで卒業して、進学なり就職なりして環境が変わる。連絡先もリセットできる。…あとは時間が解決してくれると思わねーか?」

 全てやめてしまえば、楽になれる? その通りにしてしまえば、胸に刺さって取れない棘がいつか消えてくれる?

「側にいて触れるから苦しいんだよ。離れて違うことしてりゃ自然と薄れる。人間はそうやって悲しみと苦しみを乗り越えてきてんだよ」

 いつもみたいにヘラっと笑って見せた先生は、ポンポンとわたしの頭を軽く撫でた。

「どうしても寂しいときは俺が相手になってやるよ。体の相性は良さそうだし?」

 先生はシートベルトを締めて、緩やかに車が発進させた。

 流れる景色の中で、街灯に照らされる土方くんの姿を見た気がしたが、まばたきをして残像を消した。携帯の画面を光らせて、先ほど受信していたメッセージを削除する。その勢いで退の連絡先も消去した。なんの躊躇いもなく行動に移せた自分に驚く。

 首にぶら下がる指輪を握りしめる。…もう、重たくない。



 息を吐いて、ハンドルを操作する横顔を見る。

「全てをやめて、…もしわたしが先生に依存してしまったら、どうするんですか」

 少し悩んだ素振りを見せて「そんときはそんときだろ」と言う先生は口角を上げたままだ。

「どうして、わたしとセックスしようと思ったんですか」
「…感じてるときの顔がエロいから?」
「なんですかそれ」
「いやいや大事なんだよ、すっごい大事な要素なんだって」

 ウインカーを出して右折しようとする先には、ホテル街があった。下品に光るネオンを見、体の芯がひんやりと冷える。

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