その目が宙を彷徨うとき 03
「じゃあ、また明日」

 お互いの家の玄関の前で手を振り合って、扉のノブを握る。退が家の中に入ったのを見届けて、それから手を離した。
 すっかり薄暗くなった空を見上げてひと息つく。家を目の前にしてなんだけど、まだ帰りたくない。家族はまだ誰も帰っていないであろう我が家に背を向けて、行く当てもなく歩みを進める。

 そういえば、さっき誰からか連絡来てたんだっけ。ーーーデニムのポケットからスマートフォンを取り出して画面を光らせる。知らない連絡先からメッセージを受信していた。内容を確認しようと画面をタップしたとき、タイミングよく電話を着信した。コンマ何秒という早業でそれに出てしまい、焦りながらそれを耳に押し当てる。

「もしもし?」

 そこから聞こえたテノールボイスには聞き覚えがあって、…少し切なくなった。

「出るの早すぎねえか? いや、いいんだけどよ」

 土方くんからだった。たまたまだということを伝えて要件を確認する。

「いや…特に用事はねえけど、七瀬が何してんのかふと気になっただけだ」

 あの強面でやけに可愛らしいことを言うのに、思わず口角が持ち上がる。それが相手に伝わったのか「笑うなよ」と言われてしまった。
 特に何も。事実、街灯に照らされる道をただ歩いてるだけなので、そう返事する。その最中に、自分のすぐ脇を車が通り過ぎる。そのエンジン音が通話口から聞こえたのだろう。外にいることがバレた。

「今、ひとりか?」
「うん、散歩中」
「暗くなってきてんのに危ねえぞ」
「うーん、どうだろ。誰もいないけど」
「それ1番ダメなやつだろ」
「大丈夫だよ。ぐるっと歩いたら帰る」

 一瞬、間を置いて「今どこだよ」と聞かれる。もうすぐ大江戸公園の近くだよ。そんな、わたしの答えを聞いて、土方くんは歯切れ悪く唸った。

「その、……今から会えるか?」

 土方くんは今、きっと恥ずかしそうに頭を掻いているに違いない。声色からそんなことまで察せるのは、わたしは土方くんの彼女だからだ。まだ関係は途切れていない。だから彼には何も知られてはいけない。
 電話越しでよかったと思う。うん、と返事した、引きつった口元に気づかれたくなかったからだ。



 通話を終えて、受信していたメッセージを確認する。ーーー沖田くんだった。"また楽しみましょう"との文面につい、溜め息が出てしまう。

 前を見ると、先ほど通り過ぎたはずの車がハザードをつけて停車していた。薄暗い中で凝視すると、それに覚えがあることに気が付いた。どこで、見たんだっけ?
 吸い寄せられるように、前のドアウインドウの側に立つ。透明なようで、案外車内を不明瞭にするガラスが音を立ててさがっていくと、ふわふわ揺れる銀髪が現れた。

「よォ、偶然」

 片手を上げて見せた坂田先生は口角を上げる。

「乗ってく? 送ってやるよ」

 すぐには返事できなかった。

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