その目が宙を彷徨うとき 02
 片思いだったけどずっと一緒にいられるんだから幸せ。すんなり言い切れたくせに確証のなかった気持ちを、あっさりと裏切られたときのことは今でも鮮明に覚えている。退に"たまさん"という綺麗な彼女ができたのは、ちょうど1年ほど前の話だ。

 わたしはB組だから退のクラスメイトのことはよくわからないけれど、たまさんは同じクラスの女の子らしい。彼が好きな人がいることすら知らされてなくて、まさに青天の霹靂だった。
 泣きそうになるのを堪えて「おめでとう」と声かけたように思うが、その後どんな話をしたかはよく覚えていない。



 自分を取り巻く男性の中でいちばん最初に出会ったのは高杉くんだった。自分の恋が呆気なく散って自暴自棄になっていたとき、情けなくも、街中で声かけてきた男性に着いて行きそうになった。そんなわたしを引き止めたのが高杉くんだった。「そんなのに抱かれるぐらいなら俺にしとけ」と言う彼は、風貌を簡潔に表すと危なそうな不良だったので最初に声かけてきた男性はあっさりと引いた。
 正直もうどうでも、誰でもよかったので一人暮らしだという、あの1LDKに着いて行った。そういうことをするのは初めてだったのに、自分でも驚くほど簡単に関係を持ち、そして暇さえあれば会うようになった。
 一緒にいるあいだ特に何も詮索されず、正直なところ居心地がよかった。空いた心の隙間を無理やり埋められる、ちょうどいい形で与えられる愛を貪った。

 しばらくして、高杉くんが同じ年で同じ学校に通うZ組の生徒だということを知った。出会いは私服だったし、落ち着いた雰囲気も相まって年上だと思っていただけに驚いた。
 女の噂の絶えない、一匹狼だと友人から聞いた。だから、半年たったころからあまり連絡が来なくなったのもすぐに納得がいった。飽きられたんだろうな。漠然とそう思った。



 あんな割り切った関係でも切れてしまうとさみしく思うものなんだなと感じていた、そんな折に呼び出してくれ、さらに告白してくれたのが土方くんだった。強面な見た目とは裏腹に、真っ赤に染めた頬で「好きだ」と言う姿に笑ってしまったのを覚えている。
 返事は少し悩んだ。わたしには退という好きな人がいて、高杉くんというセフレがいる。だけど振り向いて欲しい人は違う方向へ歩き出しているし、温もりをくれる人はもういない。
 きっとこの人を好きになる。そう思ってオーケーを出して、お付き合いをスタートさせた。

 周りの友達には羨ましがられた。確かにかっこよくて硬派な土方くんは、真面目で優しくて、ただただ真っ直ぐに思いを向けてくれ、本当に大事にしてくれた。だから自分も好きになるんだと言い聞かせる。
 だけど土方くんがくれる言葉も、彼の行動も、退と重ならないという事実に何度もショックを受けた。土方くんは何も悪くない。悪いのは何も言わない退。

 こんな気持ちのまま付き合い続けるのも失礼だし、きっぱりと言わなくちゃと思うもなかなか実行に移せない。
 それもそうだ。無条件に与えられる愛ほど、嬉しくて…依存してしまうものはない。行き場のない気持ちは消化不良を起こして、いつまでもいつまでも胸の奥に焦げ付いて残る。



「へえ、あんたが土方の彼女かィ」

 土方くんとお付き合いを始めてからしばらくして、廊下で声をかけられた。それはZ組随一の美少年で、退がよく「パシられる」と言っていた沖田くんだった。
 噂通りの綺麗な顔立ちの彼はこちらをじっと見て一言。「普通」…わたしの容姿なんてもちろんその通りなのだが、あまりの直球さに吹き出してしまったことを覚えている。

 たまに廊下で出会うとからかわれるようになったが、いちばんタチの悪い冗談だと思ったのは「お前、山崎のこと好きだろ」と口の片端を持ち上げた、嫌らしい笑みを浮かべながらそう言われたときだった。
 首を横に振って否定したけど、沖田くんは納得のいかない様子で小首を傾げていた。



 一度だけ、校内で高杉くんの姿を見かけたことがある。その両脇には綺麗な女子生徒を連れていて、女の子たちはこれまた綺麗に微笑みながら彼に腕を絡ませていた。あの隣にわたしは並んでいたのかと、その姿を想像して変な気持ちになる。
 物の少ない部屋で大きめのソファに並んで、肩が触れるくらい近い距離で座っていたあの時間は現実だった、そう断言できないほど劣等感を感じた。



 そんな光景をぼんやり眺めながら廊下の窓際で立ち止まっていると、低い声で後ろから呼ばれた。振り返ると坂田先生が立っていた。
 ふわふわした銀髪に、目元を隠すように銀縁眼鏡をかけている。よれよれの白衣を着用し、レロレロキャンディをレロレロしているだけだと言い張る、煙の上がるそれを咥えた彼はどうにも教師らしからぬ風貌と言動で有名だ。

「何見てんの?」

 きっともう、自分がさっきまで見ていた先には高杉くんはいないだろう。だからきっとバレやしないだろう。首を振って、特に何も、と返事をする。だけど先生の反応はなく、感じられる気まずい空気にどうしようと狼狽えていたら、彼は小さく笑った。

「どこのクラス?」

 わたしにそう聞きながら、自分の癖っ毛をかくその仕草をなんだか可愛いなと思った理由はわからない。

「3年B組、七瀬ななこです」

 クラスも教科も受け持っていない先生に、どうして名前を聞かれたのだろうと疑問に思ったけど、そんなことはすぐに忘れた。

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