生きとし生けるものには必ず終わりが存在する。風に撫でられる草木にも、地べたを這う昆虫類にも、それらを餌にする爬虫類にも、綺麗な音色をさえずる鳥類にも、水の中で静かに佇む魚類にも、そして我ら人間を含む哺乳類にも、だ。
 この世にぽん、と産み落とされたならば、脳の奥底に潜む本能に生きろ生きろと勝手に命令され、食物連鎖を繰り返し、いつ訪れるやもわからぬその"終わり"を目指してただひたすらに、足を止めることなど許されずに走り続けるのだ。

 その渦中にふと、高度な精神活動をつかさどれる人間だけが感じた。ーーー死にたくない。もっと長く生きたい。ずっと、つまり永遠を手にしたい、と。
 死ぬという物事の摂理に抗うことなど到底無理な話だが、それでも人間は無いものが欲しくなる。暫(しば)しの間、試行錯誤する者もいるだろうが、途中で気がつくはずに違いない。そんなものただの絵空事だと。平々凡々に生き、それなりで余生を終えられればそれでいい。笑って最期を迎えられるならそれで十分じゃないかと。





 何故、そこで考えが留まらないんだろう。



「私は不平等な物です」

 そう言って、女は寂しそうに笑った。カカシはすぐに慰めの言葉をかけることも、悲しげな発言を覆すこともできなかった。それには今の状況下も関係しているだろう。
 彼女は自分自身から流れ、満ちる血だまりの中央で静かに佇んでいる。

「人間は限りある命を懸命に生きるからこそ輝くのでしょう?」

 彼女が泣くことはなさそうだ。それとももう、涙の残量が底をついてしまったのだろうか。

 彼女は、木の葉の里で評判のいい娘だった。
 "立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花"
 その言葉通り容姿はもちろんのこと、所作のひとつひとつに花のある女性だった。彼女の父親は願った。自分の大事な花を枯らしてしまいたくない。そう強く、強く願った挙句、行動に移してしまったのだ。
 禁術を成功させるまでに、どれほどの命が犠牲になったのだろう。彼女は幾重にも重なった尊さの上に立っている。不死という点からすれば神にも近い存在になってしまった。それは父親の愛ゆえにだったが、当の本人はそんなもの放棄してしまいたいと、何度も己に刃を向ける結果となっている。

 彼女の父親は死んだ。自分のしでかした事の重大さに気づき、罪の重さに耐えかねて自ら命を断った。彼女が絶対にできないことを成し遂げ、逃げたのだ。
 彼女はこれからもずっと、不老不死に狂った男の娘という札を貼られた生き地獄の中で、何度も悲嘆し、憤り、愕然とし、戻ることも進むこともできない永遠と戦わねばならないだろう。彼女は大事な人全ての死に関わりながら、老いることなく、美しいまま咲き続けなければならないのだろう。

「オレは諦めないよ」

 彼女は自分の首に刃を当てながら、じっとカカシを見つめた。彼を映す、僅かに揺れる瞳にはうっすらと膜が張っている。
 カカシは彼女に歩み寄り、彼の肩ほどの位置にある上気した頬を優しく撫で、努めて笑顔で言う。

「禁術でもなんでも。そうなる術があるなら、反対もあるはずじゃない。だから、必ず、ひとりにはしないから」

 それでもカカシは語尾を震わせずにはいられなかった。彼の視界は滲み、そのぼやける世界の中で一番泣きたいのは彼女だろうに。代わりに泣いてやる、なんて言葉も傲慢(ごうまん)にしかならない。
 カカシは彼女を見ていられなくなって、そっと瞼を下ろす。ーーー手を取り合えば、彼女はこんなにも温かいのに、何故。あの日までは間違いなく、オレと同じ人間だったのに、何故。もう似て非なるものでしかないのは、何故。沈黙が続くとそんなことを考えて止まない。
 ふと、カカシは目を開けて期待する。これは悪い夢なんじゃないか。だがこれが現実なのだと、そう痛感させられるのは、殺してくれと彼女が懇願するからだ。

 首を振って、彼女を必死で抱きしめながらカカシは自身に問う。どうしてオレは今、人間なんだ?
20190106
   
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