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 指摘を受けたとおり、化粧をしていた顔は涙と鼻水のせいでぐちゃぐちゃになっていた。顔だけ洗おうかと思ったが、それならいっそのことお風呂に入って全身すっきりしたい。でも男の人がいるのにそんなこと…。
 脱衣所から首より先だけ出してリビングのほうを確認すると、開けっ放しのドアの向こうで、男性は机の上に伏せてしまっていた。帰る気配は見られない。彼は一体いつまでいる気だろう。もしかして、またそういうことするまで帰らないのだろうか。それなら余計にシャワーを浴びたくなった。
 だからリビングの入り口まで戻って、そっと声をかける。

「…あの、お風呂入ってもいいですか?」 
「好きにしろ」

 ぴくりとも動かなくなった人を横目に捉えながら着替えを準備する。なんとなく、リビングと廊下、廊下と脱衣所を繋ぐふたつの扉はしっかり閉めてしまった。



「腹減った」

 手短に入浴を済ませ、髪も乾かさずに戻る。部屋の中央に座り込んでいる人は、未だ机の上に半身を預けたままだった。さっきからやけにリラックスしていると思ったら空腹のせいで力入ってないだけかと、思わず拍子抜けしてしまう。
 自分は、普段よりかなり多めの量のたこ焼きを食べてしまい、特にお腹は空いていない。

「…何か食べます? 簡単なものなら出せますけど」

 ぐったりしている姿を見かねて提案してしまったら、僅かに頭を上げた。長めの前髪のせいで影の落ちる目から、こちらへ真っ直ぐに向けられる視線に、言葉に出さずとも"何を出してくれるんだ"と言われている気がした。

「何か食べたいものありますか」
「別に、何でもいい」
「そうきたか…じゃあ適当に作りますね」

 冷蔵庫と冷凍庫を交互に確認して、ううんと頭を悩ませる。男の人だし、ご飯に合う生姜焼きとかそういうものがいいだろうか。

「冷凍ご飯とインスタントの味噌汁使いますけどいいですよね?」

 振り返って確認するも反応は見られない。返事する元気もないぐらい空腹状態だということが簡単に伺えた。

 凍った豚肉に玉ねぎ、一人分に小分けした白飯などなど、必要なものをキッチンに並べる。まずは電子レンジで食材を解凍。その合間にお湯を沸かした。下ごしらえを済ませて、あとは炒めるだけだ。熱したフライパンで順番に火を通していくと、生姜のいい匂いが香った。お腹がいっぱいだと思っていたけど実際に完成間近のものを見ると、少々食欲が刺激される。
 自分も食べちゃおうか。こんな日ぐらいいいよね。誰に同意を求めるわけでもなく、しれっと食材を追加した。



「いただきます」

 小さな机は、ふたり分の食器を置いたらもう隙間がなかった。調子に乗って、追加で卵焼きとか作らなきゃよかっただろうか。

 この部屋で誰かと食事をするのは初めてで、対面に佇む姿を盗み見る。あぐらはかいたままだし背中は少し丸まってるけど、お箸の持ち方は綺麗だった。器はちゃんと口元まで運ぶし、さっきまで付いていた肘はもうそうなっていない。
 変なの。見た目で偏見持って申し訳ないけど、がっつくこともなく優雅な食事風景だった。

 会話はなく、食器と机がぶつかる音だけが響く。一見すると気まずいようだが、思ったよりそうではない。美味しいとも言われないけど、まんべんなく食べてくれてるし口に合わないこともないのかな。
 自分より少し早く完食したその人は、カチャンと音を立てて箸を置いた。

「…ごちそうさん」

 ポツリと呟くように放たれた言葉に耳を疑った。聞き返すこともできなかったけど、確かにそう言っていた。

「なんだよ」
「いえ…お粗末様でした」

 思わず凝視してしまったのが原因で怪訝な表情で見られてしまった。ーーー思っていたより嫌な人じゃないのかな。そういうことさえしなければ周りの男性と変わらない、…いやそういうことを求めてくるからダメなんだって。
 食事ひとつですっかりイメージを変えられてしまい、つい人が良さそうに感じてしまった。危ない、危ない。

 使った食器を洗うため、シンクに向かう。ぼうっとしながらそうしていると、食欲が満たされたからかだんだんと眠気がやってきた。昼間のことが落ち着いたのもその一因にある。
 まだ寝ちゃだめだとなんとか踏みとどまり、蛇口から手を伝う流水に気を取られていたら事件が発生した。

「うわあ!」

 腹が満たされたせいか顔色の良くなった彼が音もなく近寄ってきており、なんとわたしの後ろ、それもぴったりくっつくように立っていたのだ。

 
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