昨日、意図せず2回目の拒絶の言葉を聞いてしまったわたしは、小さなちゃぶ台の前でずっと泣いていた。隻眼の男性は、何も言わずに隣であぐらをかいている。
なんでこんなにも惨めな思いをしなければならないんだろう。不意にそう思ってしまったならより一層悲しくなってきて、どんどん涙が止まらなくなる。
「何をそんなに泣く必要がある」
どれぐらいそうしていただろう。静かに問われて、涙で滲む視界の中に質問者を捉える。じっとこちらを見る表情は、何を考えているものなのか。知りたく思って見つめ返していたら、自分の奥底から込み上がるものを感じた。それは涙とも嗚咽とも違う。
「だって…坂田くんが…、」
思わず固有名詞を出してしまったけど、きっと相手はわからないに決まっている。急に愚痴られても迷惑だろうと続きを飲み込もうとしたけど、せり上がってくる言葉と感情をうまく引っ込めることができない。
「…言いてえのならそうすりゃあいい」
しかも追い打ちをかけるように口調は優しく促されたなら、もう。
「俺が聞いてるかどうかは別の話だがな」
涙とともにボロボロと零した。
その言葉通り、最初から最後まで彼が口を挟むことはなかった。それは有り難いことでもあった。声は震えるし、時折嗚咽を漏らしてしまうせいで支離滅裂な文章だったからだ。うまく内容が伝わったかもわからない。
それでも全て吐き出した。彼と出会った日に坂田くんに振られた話から、友美のこと、今日の出来事まで包み隠さず話してしまった。
言い終えたあと、はぁーっと長く息を吐く。天井を見上げて瞬きを繰り返す。もう頬を伝う雫は垂れてこない。気持ちは幾分かすっきりとしていた。
人に話すって、自分の気持ちを外に吐き出すのってこんなに楽になるものなんだ。そう感じた。
ボックスケースで常備してあるティッシュに手を伸ばす。目元の余分な水分を拭き取って鼻をかむ。手近なくず箱に放り投げると、丸いゴミは弧を描いて綺麗に入った。冷蔵庫に近づいて、ペットボトルに準備してあった麦茶を取り出す。すっかり喉が乾いていた。口をつけて流し込むと一気に半分まで飲み干してしまった。
ふと後ろを振り返る。机の上で頬杖をついたその人は宙をぼんやり見つめていた。
「あの、ありがとうございました」
「別に聞いてねえ」
「…あはは、それでもいいです」
思わず笑ってしまったら、そのことに自分がいちばん驚いた。あんなにも気分が落ちていたのに、すんなりと笑うことができるなんて。
「なんかバカみたいです」
「違えねえな」
「初心者にあんな高度な駆け引き無理だし」
「そんな妙なもん鬱陶しい女のすることだ」
「妙って…それしてナンボってこの前雑誌で読みましたけど」
「なんにも考えず鵜呑みにするからバカになるんだろうよ」
彼がこちらを見ることはない。目を伏せて、何も乗っていないちゃぶ台を眺めているように見える。
「なるほど、だからわたしはバカみたいなんですかね」
わたしが自虐的にそう言えば、彼の口角が少し持ち上がる。
「自覚できてよかったじゃねえか」
クク、と喉の奥を鳴らして笑っていた。だけどそれは何回か見た、嫌味を含んだものではない。ようやく、目だけがこちらを向いた。いつもならこちらが固まってしまうような鋭い眼光は今は隠れている。
「…汚ェ顔、どうにかしろ」
それだけ言うと、また視線が合わなくなった。