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 人目もはばからず泣きながら、帰路をゆっくりと歩く。なんでこんな目に合わないといけないんだろう。

 田舎で生まれて生活し、東京に憧れを持ったのは高校生のときだった。近所の本屋に並ぶきらびやかな雑誌を、普段なら手に取りもしないのにふと思い立って開き、衝撃を受けたのが最初。お母さんに頼み込んでその雑誌を買ってもらい、毎日眺めた。
 ページに写る女の人たちはみんなとても綺麗で、特集されている物は全てオシャレだった。こんな場所が同じ日本にあるということが衝撃的だった。行ってみたくて仕方がなかった。学生のわたしが選べる道では進学で上京する、というのが一番有力だった。
 先生にこれでもかというほど相談して、一番現実的な方法を取った。成績良くして無利子の奨学金借りて、バイトして、親に助けてもらう。どうしてもそこでないと学べないんだと散々親を説得して、ようやく勝ち得たわたしの夢。
 オシャレな友達、かっこいい好きな人。そんな彼らに囲まれた自分の大学生活は順風満帆だと思っていた。…でも実際のところ周りの波には全然乗れていなかったのかもしれない。

 ショーウィンドウに映る自分の姿を横目で見た。お金はかけられないけど服装には気を使った。立ち読みだけど雑誌で勉強して、プチプラでも高見えするもの選んで着ている。メイクも同様に。
 髪を染めたことはないけど2ヶ月に一度は美容院に行くし、自炊してスタイル維持にも気を配っている。安い外食はみんな高カロリーだからだ。運動する時間が取れない代わりに電車やバスよりも徒歩を選ぶし、家ではお茶か水しか飲まない。

 わたし、頑張ったはずなんだけどなあ。だけど見た目だけでは超えられない何かがきっとあって、彼らはそれを微妙に感じ取っていたのだろう。
 確かに恋愛なんてものは無縁だった。男の人と付き合う、それひとつにもたまーに読む少女漫画程度の知識しか持ち合わせていないし、そこまで興味もなかった。みんなはきっと、そこに重きを置いていたんだろう。ほんの少し違ったはずの価値観がこんなに大きなズレになるなんて、思わなかった。

 カン、カン、カン、
 錆びた階段を登るとき、いつも大きな音がする。上がり切って右手を突き当たりまで進んだ、奥の角部屋が自分の部屋。狭いけど住めば都、わたしの城。だけど都会の友人にはとても見せられない、恥ずかしいと思っていたそこに帰ってきた。
 また、扉の前に座り込む人がいる。大きく鳴った音でわたしが帰ってきたことに気づいてたらしい彼は、こちらを向いているように見えた。

 この人はわたしがバイトで帰りが遅くなろうとなんだろうと、来ると決めた日にはずっと玄関の前で待っている。暇なのかなんなのか。彼が考えていることはわからないし、何をしている人なのか、住んでいる所、年齢や名前でさえも、何も知らない。だが今日ほどいてほしかった日はない。

「…また、泣いてんのか」

 首を横に振って、ボロボロ流れる涙を必死に拭ってもすぐに次が流れ落ちてくる。嗚咽する声は堪えることができず、口元に当てた手のひらから漏れ出てしまう。
 その人の前で、しばらくみっともなく泣いていた。彼は何も言わずにただ座り込んでいるだけだ。

 ふと、彼の言う"また"の意味を考えた。そういえばこの人と初めて会った日も泣いていたことに気がつく。あの日は、…いや、あの日も。坂田くんに振られた。

「…とりあえず入れろ。俺ァどれだけ待ったと思ってる」

 ひどく落ち着いた声が鼓膜を揺らす。この声に誘われるがまま、すがってしまえば一時的に忘れられる。目の前も頭の中もこの人でいっぱいになって、いつしか涙も止まるはず。だけど坂田くんを他の男性で上書きするだなんて…といつもよりやけに悲しくなった。
 それでも、有無を言わさない目で見てくる男の人をどうやって追い返せばいいのかわからない。そんな方法は知らない。だから無言で鍵を開けた。立ち上がった彼はわたしの後ろをついてくる。いつものように冷めた笑みを浮かべて、独特なオーラを纏ったまま部屋へ踏み込んでくるのだ。

 
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