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「うまそー、いただきまーす」
「いただきます」

 焼けて、黄金色になったたこ焼きはとてもいい匂いがする。テーブルを挟んで、ふたりして手を合わせた。

 ずっと荷物を持ってもらったので準備はわたしがした。あまり使った形跡のない包丁とまな板を借りて、あとは材料を切って粉と水を加えて混ぜるだけ。
 手伝ってもらうことがあまりないので坂田くんには待っててもらった。だけど彼はずっと背後から「すげー」を連発していた。

「ななこちゃんの包丁さばきマジでやべえ。後光さしてた」
「いやいや、キャベツ切ってただけだし、坂田くんも毎日やってたらああなるよ」
「お菓子なら作れんだけどよー」
「それはそれですごいよ? お菓子は無理だなあ…ホットケーキ焼くぐらいしかできない」
「いや、それでわりと十分だろ」

 焼きたてのそれらはとても熱い。けどおいしい。去年の文化祭、サークルのみんなでした出し物がたこ焼き屋だったことにこれほど感謝したことはない。そしてそこで変わり種としてホットケーキダコだかなんだかを作っておいてよかったと思ったことはない。

 会話もそこそこにたこ焼きを頬張る。一人暮らしだというこの家は、自分の家と負けず劣らず物が少なかった。男の人の家なんてこんなものなのかもしれないが、たこ焼き器とふたりぶんの食器と調味料を置いたらスペースのなくなった机の上を見て、密かに親近感が湧いた。

「…そういえば友美と友也くん、大丈夫だったかな?」
「あーまあどうにかなったんじゃね? 俺ら行かねえって連絡したら普通に返ってきたし」
「あ、連絡! 忘れてた…ありがとう」
「いーって、準備してもらってたときだし」

 坂田くんとふたりでご飯を食べるのは初めてだった。いつものグループでお昼ご飯を一緒に食べるのはもう数え切れないほどしてきたけど、対面に座ったことはあまりない。そして彼は大体、菓子パンをふたつほど食べるぐらいだったと思う。
 だから坂田くんが意外とよく食べる人だというのを今日は初めて知った。焼けたものをひょいひょい食べていくのに合わせて、どんどん次を焼いていく。気がつけば生地の残りは少ない。いい感じに消費できている。

「なあ、ホットケーキミックスにアンコいれるってやつ、作ってくれね?」
「あ、実は楽しみにしてた?」
「してた、超してた」
「じゃあ準備してくるね」
「俺もいく」

 こちらが立ち上がるのに続いて、坂田くんもキッチンへとついてきた。今度こそ本当にただ混ぜるだけなので彼の扱いに困る。ボウルに卵と牛乳を加えて泡立て器を手に持ったとき驚きの声が上がった。

「え、それだけで混ぜんの?」
「うん、なんか美味しい焼き方って調べたら出てきて…」

 去年わざわざ調べたら、文化祭の屋台でそんなことしてる暇ないとツッコまれたのはよく覚えている。さあ、と混ぜかけたら「ん」と手が伸びてきた。

「あ、ありがとう」

 素直に手渡すと慣れた手つきでふたつを混ぜ合わせていく。…そういやお菓子、作れるんだもんね。調理器具を拝借しようと棚を開けたら泡立て器を発見した。そのときは何でこれがあるんだろうと不思議に思ったけど、調理器具を扱う手さばきを見て妙に納得した。

 シャカ、シャカと材料の混ざり合う音が響く。頃合いを見てミックス粉を加えた。あとはざっくり混ぜるだけだ。
 無言が続き、何か会話をと思って顔を上げるとタイミング良く坂田くんと目が合った。

「こんなもん?」
「あ、ああ、うん…そうだね。焼こっか」

 振られたあとに距離が縮まるってどういうことだろう。変な状況にペースを崩されながらたこ焼き器の前に戻る。
 熱された、穴の空いた鉄板の上へ生地を流し込む。少し待ってからそれぞれの中へアンコを適量入れた。

「あれ? 俺これなんか見覚えあるわ」
「去年の文化祭の屋台でやったよ。やっぱり忘れてた?」
「あーやったなァそんなの、つまみ食いしたのは覚えてんだけどよー」
「えっ、わたし頑張って焼いてるのに数少ないなーって思ってたのもしかして坂田くんのせい?」
「やべ、開けちゃいけねー記憶の扉まで開けちまったパターン?」

 そんな思い出話に花を咲かせながら、しばらく焼けるのを眺めた。いい頃合いになってきただろうと、生地をひっくり返すときに液を足す。こうすると大きくてまん丸な形に仕上がるのだ。先ほどとは違う、甘い匂いが立ち込める。つい、坂田くんにつられてたくさん食べてしまったがこれは別腹に収めるべきだろう。
 そんなことを考えつつ、くるくるとひっくり返しながら近づく焼き上がりに、わたしはつい気を取られていた。

「…なあ、ななこちゃんって彼氏いたことある?」
「………っえ?」

 だから急に飛んできた、なんの脈絡もない質問に上手く反応できずに手を止める。とりあえず坂田くんの顔を見たものの…なんとなくこの人だけには触れられたくない部分だと感じた。

 
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