「んだよー男連れ込むなら先に言えよなー」
友美の家なんか見えなくなった頃、溜め息つきながら坂田くんが言う。自分は相槌を打ちながら、あることをずっと考えていた。
「…ね、友美と喧嘩してたの友也くんじゃない?」
「は? …あーそう言われりゃ声似てたな」
友也くんとは、わたしたちが大学内で一緒にいるグループのひとりだ。バイトがあるかもしれないからたこパに行けるかわからないと言っていた人。シフトはどうにかなったのかもしれないけど、どうして女友達の家で喧嘩なんかするんだろう。明日、大学で顔を合わせるのがなんだか気まずく感じてしまう。
このまま解散だろうか、と考えたところで友美になにか連絡したほうがいいのか悩む。彼女に連絡するとしたらなんだろう。用事できたからたこパ行けません? それともちょっと遅れるね?
「どうする? あんなとこ切り込んでいってたこパするメンタルねーよ」
「そうだよね…わたしも今それどうしようか考えてた」
「材料買っちまったしなー…俺、自炊しねえんだよな」
「あ…じゃあそれ貰おうか? お金払うし」
それが最善だろうと提案したら返事が来なくなった。何かおかしなこと言ったのかもしれないけど、どこがマズかったのかよくわからず、とりあえず坂田くんを見上げる。
彼は変な表情をしていた。驚いているような、笑っているような、呆れているような。目と口元とが同じ感情を見せていないように思う。
「…ななこちゃんさ、下心って知ってる?」
「う、うん? やらしい気持ちのこと?」
「まァ、そんな感じだと思う」
「それがなに?」
「なんかそういうの、一切持ち合わせてねーよな」
「…そう? 自分じゃよくわからないけど」
坂田くんがそう思った理由が知りたくて続きを促すと、彼はいきなり吹き出した。堪えるかのように下を向いて肩を震わせ続ける姿に、こちとらどうしていいのか全くわからない。とりあえず笑いが収まるのを待った。ようやく落ち着いたのを見計らって再度聞こうとしたが空振りに終わる。
「俺んちでたこパしねえ? そういえばの話、無理やり買わされたたこ焼き器あるんだよね」
「それはいいけど…下心の話は?」
「うーん、またたこパしながら話すわ。あー腹減った」
あ、俺んちこっちだから。そう続けながらくるりと方向転換した彼は、わたしの気持ちも何もかもを置いてけぼりにした。呆けて、思わず立ち尽くしていると顔だけで振り返られる。
「早く来いよ。置いてくぞー」
そこで今からも坂田くんとふたりで過ごさなければならないということに気がついて、走ったわけでもないのに心臓が苦しくなった。