大嫌いな好きな人
冬休みの、とある日のこと。
「あ、一瀬ちゃんだ」
図書館に行った帰り道、会いたくないクラスメイトに遭遇してしまった。
「カルマ君……こんにちは。そして、さようなら」
早足で立ち去ろうとする私をカルマ君が追いかけてくる。
「まぁそう逃げないでよ。ねぇ、どこ行くの?」
「……冬休みの課題の本を借りに図書館に行ってて、今から家に帰るところ」
「ふぅん……。俺さ、今ヒマなんだよね」
「ナンパなら、他を当たってくれる?」
「つれないなー一瀬ちゃんは」
そんな事を言いながら、カルマ君は私の隣に並んで歩いてついてくる。
私は必死に早足で歩いているというのに、背が高くて足の長いカルマ君は悠々とした足取りで歩いていて、なんだか腹立たしい。
「ねぇねぇ、デートしようよ」
「は!?」
デート、なんて。
そんな言葉で簡単に高鳴ってしまいそうになる胸の鼓動をどうにか静める。
「……何を、企んでるの?」
カルマ君の事だ。きっと何か裏があるに違いない。
「ひどいなー何も企んでないって。そんな警戒することないじゃん」
「……普段の行いが悪いからでしょ」
私がそう言うと、カルマ君は心外だという風にわざとらしく肩をすくめてみせた。
カルマ君は普段からよく学校で、私にイタズラを仕掛けたり、からかったりしてくる。
基本的に女子に対してはそういう事をしないのだが、どういう訳か私はターゲットにされてしまっていて、
もしかしたら私のことを女子だと認識していないのかもしれない。そう考えると、少し切ない。
「カルマ君とデートなんて、絶対に行かないもん」
「えーなんで」
「なんでも」
「……近くのカフェでさ、ケーキ食べ放題やってるらしいんだけど」
ケーキ食べ放題、という魅力的なワードに思わずピクリと反応してしまう。
「結構好評みたいだよ。冬季限定の、キャラメルチーズケーキがすげー美味いってさ。一瀬ちゃん、甘いもの好きでしょ?」
キャラメルチーズケーキ。なんて素敵な響きなんだろう。
カルマ君の言うとおり、私は甘いものが大好きだ。そして限定という言葉にめっぽう弱い。
早足で歩いていた足を止めてカルマ君の方をちらりと見ると、目を細めて「どうする?」と聞いてきた。
「……私、お金、持ってきてない……」
図書館以外にどこかに寄るつもりもなかったので、たぶん財布には小銭しか入っていない。
「奢ってあげるよ。俺から誘ってるわけだし」
「でも……」
カルマ君に借りを作るのはちょっと怖い気もする。
「食べたいでしょ? キャラメルチーズケーキ」
「…………食べたいです」
私が素直にそう答えると、カルマ君は満足そうに微笑んだ。
「じゃ、決まりだね」
カルマ君は、図書館の本の入った私のかばんを奪うと、再び歩き出した。
結局、私は悪魔の甘いささやきにまんまと乗せられてしまったのだ。
しばらく歩くと、目的のカフェへと辿り着いた。
休みの日にカルマ君と2人でこんな場所に来るなんて、なんだか不思議な感じだ。
店員さんの案内で、店の奥の方の席へと通される。
奥の方の席は2人用のテーブルが並んでいて、そのせいで周りの席はカップルばかりだった。
デートという言葉を意識してしまって、少し緊張してしまう。
「ねぇ、俺らもカップルに見られてんのかな?」
私の心を見透かすように、カルマ君がニヤニヤと笑みを浮かべながら聞いてくる。
「そっ、そんな訳ないじゃん!」
条件反射で思わず否定する。
「あ、顔赤いよ? 照れてんの?」
「うるさいっ! 私、ケーキ取ってくる!」
カルマ君の視線から逃れたくて、私は席を立った。
俺もー、と言ってカルマ君も後ろからついてくる。
もしもカップルに見られてたら嬉しい、だなんて口が裂けても言える訳無い。
「わぁ〜美味しそう!」
ケーキはバイキング形式になっていて、カウンターの上には色とりどりの様々なケーキが並べられていた。
見ているだけでも幸せになってくる。
お目当てのキャラメルチーズケーキと、他にも気になるケーキをお皿に乗せれるだけ乗せて、席に戻った。
「ちょっとそれ、乗せ過ぎじゃない?」
席に戻ると、カルマ君に呆れ顔をされてしまった。
もう少し控えめにしておくべきだったかと少し後悔したが、もう遅い。
「べ、別にいいでしょ、食べ放題なんだから……ん、おいしいっ!」
とってきたケーキを頬張ると、思わず頬が緩む。
「幸せそうに食べるよねー、一瀬ちゃんは」
「だって、美味しいんだもん」
限定のキャラメルチーズケーキは本当に絶品だった。
そのほかのケーキも、どれも美味しい。
カルマ君のお皿に乗ってるケーキも美味しそうだなと思って眺めていると、一口いる? と聞かれた。
「いいの……?」
「いいよ。はい、あーん」
あろうことか、カルマ君はケーキを一口分フォークに刺して、私の方に差し出してきた。
「……何してるの、カルマ君」
「食べさせてあげようと思って」
「自分で食べられ……んぐっ!!」
そしてそのまま無理やり口に突っ込まれてしまった。
「美味しい?」
ニッコリと笑って聞いてくるカルマ君を軽く睨みつける。
「……美味しい」
なんだか、餌付けをされてる気分だ。
食べ放題の制限時間は60分で、あっという間に終わりの時間が来てしまった。
お腹いっぱいで苦しくなるほどケーキを食べて、私たちは店を出た。
「えっと、今日は、ごちそうさまでした」
最初カルマ君にデートに誘われた時は警戒してしまったが、美味しいケーキも食べられたし、なんだかんだで来てよかったなと思う。
「どういたしまして。けどほんと一瀬ちゃんって、好きなもの食べるときだけは良い笑顔するよね」
人を食べ物しか興味ないみたいに言わないで欲しい。
「普段からそうやって笑ってれば可愛いのに」
「……っ!」
サラリとそんな事を言うので、思わず一瞬固まってしまった。
「ね、今度また一緒に行こうよ」
「え!? な、なんで……」
「理由要る? ほら、男一人じゃあの店入りにくいし」
「いい、けど……それなら、別に私じゃなくても……」
「一瀬ちゃんと行きたいんだって」
「……! それってどういう……」
「どういう意味だと思う?」
聞き返されてしまった。
カルマ君の考えていることなんて、私に分かる訳がない。
結局私は何も答えられないまま、また一緒に行く約束をさせられて、カルマ君は「じゃあ、またね」と言って去って行った。
あんな事を言い残して帰っていっちゃうなんて、カルマ君は本当に性格が悪い。
やっぱりカルマ君なんて、大嫌いだ。
まだ口の中に残る甘い余韻を感じながら、はぁ、と小さく白い息を吐き出した。
顔に集まった熱は、冬の冷たい空気に触れてもしばらく引きそうになかった。
大嫌いな好きな人 end
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