喧嘩するほどなんとやら
中学生活2年目の、とある日の休み時間のこと。
「聞いてよ浅野君!!」
私は椅子を反対側に向けて座って、後ろの席の浅野君の机に身を乗り出すような姿勢で言った。
「……どうしたんだい一瀬さん、怖い顔して」
そう言って浅野くんは少し呆れ顔を浮かべる。
浅野くんとは今年初めて同じクラスになり、席が近いこともあってよく話をする仲になった。
「カルマ君ったら酷いんだよ? 昨日一緒に映画を見に行ったんだけど……」
「また赤羽の話か」
私はカルマ君の事で何かあると、いつも浅野君に愚痴を聞いてもらっていた。
カルマ君とは1年の頃同じクラスで仲良くなった。2年になってクラスは離れてしまったものの、休みの日に唐突に連絡が来て、映画に行こうだとかご飯に行こうだとか誘われるので、よく一緒に出かけていた。
「でね、カルマ君ってば、映画の途中で寝ちゃうんだよ? ありえないよね!」
「そうだね」
「映画つまんなかったから寝ちゃったー、だって。自分から映画に誘っておいて、それはなくない!?」
「そうだね」
「……浅野君、ちゃんと聞いてる?」
私が訝しげに浅野君を見ると、浅野君は小さくため息をついた。
「聞いてるさ。けど、君も懲りないね。もう赤羽なんかと会うのはやめればいいのに」
「う、それは……」
カルマ君とは仲がいいが、揉めることも多い。
たいていカルマ君に非がある、と思う。
浅野君からは、カルマ君とはもう友達を辞めろとまで言われているが、でもなんだかんだで気が合うし、一緒に居て楽しいのだ。
「……ところで、一瀬さん。提案があるんだが」
「提案……?」
なんだろうと私は首をかしげた。
「今度は僕と一緒に映画に行かないかい」
「えっ、浅野君と!?」
思わぬお誘いに、私は目を丸くする。
「赤羽よりは上手くエスコートする自信はあるよ」
そう言って、自信ありげに口角を上げる浅野君。
今まで浅野君から遊びに誘われた事は一度も無かったので、初めてのことに私は戸惑ってしまう。
「今週末の日曜、何か予定はある?」
「特に、なにも……」
「じゃあ決まりだね」
そのまま押し切られて浅野君と約束をしてしまいそうになった時、誰かがバンっと机に片手をついて割り込んできた。
「ちょっと待った」
びっくりして顔を上げると、そこに居たのはカルマ君だった。
「カ、カルマ君……!?」
浅野君は眉間にしわを寄せて、怪訝そうにカルマ君の方を見る。
カルマ君も浅野君に冷たい視線を向けている。
「今の話、却下ね」
私はポカンとしてカルマ君の方を見る。
「浅野クンと映画行くなんて許さないから」
どうやらカルマ君は私と浅野君が映画に行くのに反対らしい。
クラス違うのにいつから居たんだろうという疑問は置いておいて、カルマ君と浅野君の間に見えない火花が散っていて私はちょっと焦る。
浅野君は机に両手をつき静かに立ち上がると、カルマ君に向き直った。
「……赤羽。君達は別に付き合ってる訳ではないんだろう?」
その言葉に、カルマ君はムッとした表情を浮かべる。
「だったら、僕にだって一瀬さんとデートする権利はあるはずだ」
映画がいつの間にかデートということになってしまっていた。
男女2人で出かけるという意味では間違ってないのかもしれないけれど。
「はぁ? 浅野クンとデートなんて認められる訳無いでしょ」
「どうして赤羽に認めてもらわないといけないんだ。君がなんて言おうと関係ない。僕は一瀬さんとデートに行く」
「だから駄目だって言ってんじゃん!」
「ちょっと二人とも……!! みんな見てるからっ」
クラスの皆がこちらに注目していて、私は慌てて二人を止めた。
2人とも、教室でこんな風に言い合いをするなんてらしくない。
浅野君は少し決まり悪そうにしながら、大人しく自分の席に座った。
しかしカルマ君はまだ引き下がらない。
「紗良、絶対駄目だからね」
「……どうして?」
「どうしても」
理由もなく頭ごなしに駄目と言われると、つい反論したくなってしまう。
「もう、カルマ君は勝手すぎるよ。映画でも寝ちゃうし……」
「まだその事怒ってんの?」
「まだって……。だいたいカルマ君はいっつも……!!」
先ほどカルマ君と浅野君を止めたばかりなのに、今度は自分がカルマ君と言い合いを始めてしまい、浅野君に止められる。
「おい二人とも、みんな見てるぞ」
「あっ、ごめん、浅野くん……」
「……。もう、好きにすれば」
カルマ君は不貞腐れたようにそう言うと、教室を出て行ってしまった。
「あっ、ちょっと、カルマ君……!」
私はカルマ君の後を追おうと席を立ったが、浅野君に腕を掴まれ止められてしまう。
「一瀬さん。あんな奴、放っておけばいいよ」
「でも……」
「僕は、君に行ってほしくない」
「浅野君……」
浅野君の表情はどこか切なくて、私は少し申し訳ない気持ちになりながらも、ゆっくりと掴まれた手を振りほどいた。
「……ごめん、浅野君。私やっぱり――」
カルマ君の居場所はだいたい見当がつく。
何箇所か目ぼしい場所を探して、カルマ君の姿を見つけたのは学校の屋上だった。
カルマ君は屋上を囲む柵に両腕を乗せてもたれかかり、遠くの空を見ていた。
なんだか様になるなあ、なんて心のなかで思いながら、彼の名前を呼んだ。
「カルマ君」
名前を呼ぶと、カルマ君は私の方を振り向いた。
カルマ君は、私が追いかけて来たことに少し驚いた表情をしたけれど、すぐにふいっと顔を逸らして、視線を空に戻した。
「カルマ君、何してるの?」
「……別に」
「そう……」
私も屋上の柵の方へと近づき、カルマ君の隣に並んで空を見上げてみる。
空を見ていると、先ほどの些細な喧嘩なんてどうでもいい事のように感じた。
しばらくして、カルマ君が口を開いた。
「……浅野クンと、行くの?」
カルマ君は不貞腐れたようにそう聞いてきた。
「断ったよ」
「は? なんで?」
浅野君の誘いを断ったことが意外だったようで、少し目を丸くして私の方を見る。
「なんでって……。カルマ君が駄目って言ったんじゃん」
「……」
「ねぇ、カルマ君」
私は、カルマ君に聞きたいことがあった。
そのために、ここまで追いかけて来たのだ。
「さっき、なんであんなにムキになって駄目って言ったの?」
ほんの少しの、期待を込めて。
「それは……」
カルマ君は言いよどむと、下を向いた。
たっぷりの沈黙の後、小さな声でこう言った。
「……好きな子が他の奴とデート行くなんて、嫌に決まってんじゃん」
私はぱっと顔を上げて、カルマ君の方を見た。
聞き間違えじゃないのかと、自分の耳を疑う。
「好きな子、って……」
「あーもう!」
カルマ君は苛立ったように自分の髪をかき乱すと、一歩前に出て私の腕を掴んだ。
「だから、紗良のことが好きだって言ってんの」
はっきりと告げられた思いに、私は胸がぎゅうっと締め付けられる。
「ずっと前から、好きだった」
その言葉に、私は思わずカルマ君に飛びつくように抱きついた。
「私も……カルマ君の事、好き。ずっと好きだったよ」
そう伝えると、カルマ君は安心したように笑ってギュッと抱きしめ返してくれた。
お互いなかなか素直になれないけれど、今この瞬間、伝わる温もりに嘘はないって思う。
私は想いを込めて、カルマ君を抱きしめる腕に力を込めるのだった。
「じゃあ日曜は、俺と映画行こう」
「今度は寝ないでね?」
「…………。分かった」
「今の間は何!?」
喧嘩するほどなんとやら end
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