*
『こんにちは。お薬いただけますか?』
極楽満月にやって来た琴音と3人の子供たちは、引き戸を開けて中へと入った。
「あ!琴音ちゃ〜ん!」
中にいた店主である白澤はにっこりと笑みを浮かべると、琴音に近づいた。
「いらっしゃい。萌衣梨ちゃんたちも来てくれたんだね。」
「こんにちは。白澤様。」
「こんにちは。」
萌衣梨がペコリと頭を下げて挨拶するのを見て、優杜希も琴音の背中から顔を覗かせた。
「こ、こんにちは…。」
「こんにちは、優杜希くん。」
優杜希はピクリと肩を震わせると、また琴音の背中に隠れた。
「う〜ん…優杜希くんはやっぱり中々なついてくれないね〜。」
『ごめんなさい、白澤様。』
「いいよ、いいよ〜。でもまぁ、いつか仲良くしてくれるといいなぁ。」
そう言って笑う白澤に、琴音も"そうですね"と微笑み返した。
「あう〜はきゅ!」
最後に璃乃愛が挨拶すると、白澤は璃乃愛の頭を優しく撫でた。
「こんにちは、璃乃愛ちゃん。」
人懐っこい璃乃愛は、琴音の腕の中で嬉しそうに笑った。
「ところで、今日はなんの薬を?」
『疲れに効くお薬をいただけますか?』
「疲れ?琴音ちゃん、最近疲れてるの?」
『いえ、私ではなく鬼灯様に。忙しいのはいつものことなのですが、最近特にお疲れのようなので。』
「あぁ…なるほどね。あいつのためってのが癪だけど、琴音ちゃんの頼みなら仕方ないね。」
そう言うと、白澤はにっこりと笑みを浮かべ、カウンターを指差した。
「それじゃあ、今から調合するから、そこに座って待っててもらえる?」
『はい、ありがとうございます。』
琴音も微笑み返すと、カウンターの席に座った。
『そういえば、今日は桃太郎さんはいらっしゃらないのですか?』
「ううん。仙桃とりにいってもらってるだけだよ。多分、もうすぐ帰ってくると…あ、ほら帰ってきた。」
白澤が指差す方を見ると、窓から桃太郎の姿が見えた。
『あ、ほんとですね。』
少しすると、桃太郎が店に入ってきた。
「白澤様、仙桃とってきま…あ、琴音さん。いらしてたんですね。」
『こんにちは、桃太郎さん。』
「こんにちは。」
すると、うさぎと戯れていた萌衣梨と優杜希は桃太郎の姿を見るなり、璃乃愛を抱き上げ、そちらに駆け寄った。
「「こんにちは、桃太郎さん!」」
「もも〜!」
「こんにちは、萌衣梨ちゃん、優杜希くん、璃乃愛ちゃん。」
楽しげに話し出す4人に白澤は、不満げに口を尖らせる。
「ねぇ〜前から思ってたけど、なんで優杜希くん、桃タローくんにはなついてるんだろ?」
そう、人見知りの優杜希であるが、唯一家族以外では桃太郎になついていたのだった。
「あなたがちゃんとしてないってことが、優杜希くんには分かるんじゃないですか?」
「なにそれ桃タローくんひどくないい!?」
「はいはい。それより、仙桃とってきましたよ。」
「あぁ、謝謝。ご苦労様。」
そう言うと、白澤は桃太郎から仙桃を受けとった。
「あ、そうだお茶まだいれてなかったね。桃タローくん、いれてくれる?」
「はい、分かりました。」
「どうぞ。」
『ありがとうございます。』
琴音は笑顔で受けとると、お茶をすすった。
「それにしても…こんなに琴音ちゃんに思われてるあいつがうらやましいなぁ。」
『え…?』
「だって、あいつのためにわざわざここまで来たんでしょ?それってすごく思われてるって証拠じゃん。」
『えっと…そうですね…。やっぱり、鬼灯様はすごくお忙しい方ですから、 私にできることなんて少ないですけど、少しでも力になりたいんですよね。』
少し恥ずかしそうに話す琴音に、白澤はフッ…と笑うと、彼女の頬を撫でる。
「あーあ、くやしいなぁ…。」
(僕が先に見つけたのに…早く告えばよかった…。)
「ね、僕があいつより先に告白してたら、君は僕のこと好きになってくれたかな?」
『え…?』
真剣な表情の白澤に琴音は不思議そうに、彼を見つめる。
すると、白澤はパッと頬から手を離した。
「なーんてね!冗談だから気にしないで!」
いつも通りの笑みを浮かべ、背を向けて薬の調合を再開した白澤に、琴音は戸惑いつつも"は、はい"と返事した。
((白澤様、どうなさったのかしら?何だかいつもと様子が違ったような…。))
(何やってんだよ僕…。琴音ちゃん困らせちゃダメでしょ。)
白澤は思わず、小さくため息をこぼしたのだった。
「はい、できたよ。」
『ありがとうございます。』
琴音は薬を受けとると、ペコリと頭を下げた。
「また遊びに来てね〜。」
『はい、また。桃太郎さんも、お茶、ごちそうさまでした。』
「いえいえ。」
『じゃあ失礼しますね。萌衣梨、優杜希、璃乃愛、帰りますよ。』
「「はーい!」」
「あい!」
琴音は璃乃愛を抱き上げると、双子たちに視線を移す。
『萌衣梨、優杜希、ご挨拶を。』
「白澤様、桃太郎さん、さようなら。」
「さ、さようなら。」
「はーい。またね。」
「またね、萌衣梨ちゃん、優杜希くん。」
2人が挨拶し終えると、琴音はまた軽く会釈し、店をあとにした。
「いやぁ〜、3人ともかわいくていい子ですよね。」
「そうだね。あいつの血なんて入ってないんじゃないかと思うくらい、いい子だよ。」
「またアンタはすぐそういうことを…。」
「ほんとのことだもーん!」
冗談めいたように言う白澤に、桃太郎はため息をこぼすと、仕事を再開した。
そんな桃太郎を横目に、白澤は琴音が出ていった扉を見つめる。
(家族…か。)
「僕も、君との家族ならほしかったかも…なんてね。」
「何か言いましたか?白澤様。」
「ううん、なんでもないよ。さて、花街にでも行こっかなぁ〜。」
「仕事しろよ!」
桃太郎の怒声に反省の色も見せず、白澤はただヘラリと笑ったのだった。
(1/4)
前項| 目次 |次項
|